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『 語る者の使命: 災間を生きる 』

東日本大震災を5年生の時に体験した、16歳の語り部さん達のパネルディスカッションを自分なりにまとめさせていただいた、
『 語り継いで行くということ 』の続きです。


東日本大震災の経験から、間もなく5年。

彼らは災害と災害の間をどう生きるか、

被害をどう減らすかを考えれば、
ゼロに近付くと信じて

次の災害がくるまでどう生きるかについて
真剣に向き合っていました。


震災の経験を踏まえて、彼らが伝えたいこと


「一日にひとつ思い出をつくってほしい」


災害はいつ来るか分からない。


南海トラフが30年以内にくると言われていますが


それは明日かもしれない。


一日に一つ思い出をつくると


どんなに辛い事があっても


思い出は残る。



一番自分を苦しめたのは


もっと話せばよかったという後悔。


明日その日が来ようとも、
思い出があるから幸せだ。

そう感じているのは


生かされたから。



体験を伝える。


想いを伝えることで、
命の助かる可能性が上がるなら・・・


と思って、活動をしているそうです。



次のパネラーの津田穂乃果(つだほのか)さんは、


「めったにない事だから、目に焼き付けろ」
と言われたそうです。


支援物資の手紙の「がんばれ」には


「これ以上どうがんばれっていうんだ? 

と、やさぐれて・・・暴れた時もあったそうです。


(グリーフケアを学んだのですが、
喪失を経験して、再生のプロセスに在る時
ひとはやさぐれたり、暴れたりする時もあるのだそうです。

なので、アメリカの施設には専用の暴れる為の部屋
「ボルケーノルーム」というのが用意されています。)


相澤朱音(あいざわあかね)さんは、飼っていた犬が亡くなり
4月に入って親友が亡くなった事を知ったそうです。


現実を受け止められず、実感がない。


朱音さんは吐き出し方がわからず、


「なんで私が生き延びたんだろう」


「自分が生きていていいのか?」と悩んだそうです。

大人が大変そうで迷惑をかけたくないと遠慮していたそうですが




友達には話せたそうです。 


それが穂乃果さん。


ネガティブな話を、しっかりと受け止めて

聴き続けられたのは、亡くなった子が共通の友達だったから。

その子から



「友達作るのが下手だから、仲良くしてね」と託されたそうです。

それを遺言として受け取ったと語ってました。


スクールカウンセラーに連れていかれたりもしたそうですが

大人っていうだけで、話せなかったそうです。

「自分なんてしんじゃっていい」って思っていたけれど


止めてくれる友達がいるから、
生きててもいいと思えた。



と語ってくれました。


穂乃果さんは、あだち充漫画のファンで、津波で汚れちゃったけれど、洗って乾かしながら大事に読んでいたそうです。


新刊が出た時に間違いに気づき、親に言ったら、「あだち先生にお手紙を書いてみたら?」と勧められて


編集部に今の想いと共につづったら


なんっと


「負けるな 穂乃果!」とパンチの絵と、ギフトボックスが送られてきたそうです。 ( 感動)



がんばれじゃなくて、
負けるなが響いたそうです。



5年経とうとする今思う事は?として


穂乃果さんは、

「人との関わりが大切。 
大事にした方がいい。 
物や媒体をなくしたとしても
失くならない。」




自分が語る事で、(震災を)思い出させたくはない。


言葉は人を傷つけるんじゃないか。と思っていたけれど


「自分が語る事で100人いたとして


一人ぐらいは救われるかもしれない。」


というメールが来て、活動につながったそうです。


色々な経験をそれぞれに語ってくれましたが、最後に


「震災は悪い事ばかりではない。 
自分の命を大切にしてほしい。
生きていればいい事があるかも。


どんなに悪い状況も、明日には良くなるかも。

一日、一日を大切に生きて欲しい。」 



と語ってくれました。 


震災で得たこととして、那由多さんは


ただいま、おかえりという
言葉のありがたさに
気付いたそうです。



家に家族がいてくれる。


スイッチを押すと電気が点く。 

家族の温かみは、当たり前ではないのだと気づいた。



その気づきは尊いことですね。


後半に、学生グループと、大人グループに分かれてディスカッションをしました。


私は司会を担当していた、佐藤敏郎先生のファシリテーションの大人グループに参加しました。


そこでの気づきと学んだ事を最後にまとめます。


佐藤先生は、震災前から

カウンセリングマインドを持つべきだと

話していました。


震災時にスクールカウンセラーの方がいたけれど


一人では対応が出来ないぐらい、カウンセリングを必要とする人が沢山いました。


なので、スクールカウンセラーから先生方が学び、生徒と向き合う連携を取ったそうです。


この様な体制は、震災前から
作っておくべきだと感じたそうです。



そして、
カウンセリングに行ける人は
必要ない人

なのだと。
おっしゃっていました。



災害は
心構えも
覚悟もなく
見舞われてしまう。

目を閉じてしまう。
閉じていてしまう人もいるけれど



受け止める必要がある。

自分が話したことにより、救われる命がある。

ということが、価値になる。


何をどうつたえたらいいか・・・というのを考える事

そして実際に活動を生み出すことは、

とても勇気がいる事だと思います。

それは、聴き手がいる事だし、内容が重いので

反応も予測がつかない。

覚悟を持って、彼らは活動を続けている。


最後に佐藤先生がおっしゃった言葉。


「哀しいと言う事は、
胸の中にいるという事。


哀しみを
乗り越える
必要はないんだ。


東日本大震災を経験して、高校生たちは

生き方を考えるようになった。

悲しくて涙を流すのは
大事なこと。

想いを伝えあう事で、
お互いが救われた。」



震災後5年経過して、風化を感じるそうです。

東京の新聞に一切報じられていない事に、
淋しさを感じたと言っていました。

(震災から5年経ち、自分も日々危機意識の薄れを感じます。)


彼らは語る事は震災を体験した者の使命として、
体験を語り継ぐ事が重要だ。と考えている。

佐藤先生は、
「震災と向き合うことが成長につながる。」
という信念に基づきサポートしている。


彼らの今後の課題としては


災害に無関心の人をどう巻き込むか

その人達の命をいかに助けるか


普段からの意識、行動が、

現場での生死を分ける。


その良い例は、釜石市。 全児童の99.8%が無事だったそうです。

釜石の防災教育については、こちらをご参考にしてみてください。
“釜石の奇跡”を起こした!!!片田敏孝教授から学ぶ、岩手県釜石市の防災教育の「秘密」とは!?


16歳の語り部たちと佐藤先生からは、「伝えたい」という想いが湧き出ていました。

彼らの伝えてきた事が、2月1日にポプラ社から発売されます。

「16歳の語り部」


アマゾンで予約開始されました。 


書店で見かけたら、是非手に取ってみてね!
そしてレジにGO 



私も地元が被災した体験者として

そのバトンを受け取り、 このようにまとめさせていただきました。



震災で大事なことは、救済を待つ被災者ではなく

如何に生き抜くかという

サバイバーマインドを養う事。

それをどう自分事とするか・・・ 


いつ起こるか分からないからこそ

行動につなげていきたいと思います。












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『 語り継いで行くということ 』

12月20日御茶ノ水にあるワテラスコモンにて行われた
東日本大震災の際に宮城県石巻市で起こった
「大川小学校の悲劇はなぜ起きたのか」を考えるシンポジウムに参加して、

頂戴したチラシに載っていたKids Now Japanさん主催、宮城県東松島の高校1年生3人によるパネルディスカッション

「あの日を語ろう、未来を語ろう」というイベントに参加してきました。

震災当日に何が起こったかと今の状況、そして未来への希望について語ってくれました。

地元が被災した当事者として、この会での学びと気づきについてブログにまとめさせていただきます。

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東日本大震災当時、彼らは小学五年生でした。


震災後、校内では震災の話はタブー。 


自分の中で完結させて、忘れたい気持ちを
内包して過ごす日々だったそうです。


気持ちを吐き出したかったけれど、幼心に「話すべきではない」と判断して


そのまま小学校を卒業したそうです。

パネラーの一人雁部那由多(がんべなゆた)さんのパネラーとして活動を始めた理由は


石巻西高のシンポジウムに参加した際に、


「なぜパネリストの人は語れるんだろう?」と思ったからだそうです。


そこで、

「自分の体験が
他の人の命を
救うかもしれない」


という、パネリストの発言に胸を打たれた。


それをきっかけに、自分自身に向き合うこと。
体験を語りつぐことの、
重要さに触れたそうです。


素直に自分に向き合えたことで
一番大切なことは
「語り継いで行くということ」

その行動は

命を救う、価値のある事である。



小学校では混乱が生じ、情報がないままに校庭で待機していたそうですが

頭での判断ではなく、
直感で逃げなければと自宅に帰ったそうです。


宮城の沿岸部の家庭には、無線がある家が多いです。
(私の実家もありました。)


震災当時、停電の影響で防災無線から情報がない中で


家族全員で避難できたのは、たまたま仕事で無線をお父さんがもっていたからだそうです。


学校に避難した雁部さんは、たまたま目の前で人が流されたのを目撃してしまいました。


学校の外に出られたのは避難から三日後だったそうです。


子供は外に出るなと言われていたそうです。


それは安全面と精神面の
配慮だったのではないかと言ってました。


彼は親友が見当たらないと気づき


探しに行って、凄惨な光景を見てしまったそうです。


そして、その光景も数日後は日常になってしまったそうです。


震災の話がタブーだったのは、被災している人・被災していない人との温度差から。


被災組はクラスの半分。 
そうでない人との話題が違ってしまった。


被災しない子はゲームやテレビの話題。


被災した子は避難所暮らしの為、不自由を余儀なくされる。


そんな中で、心の安らぎを得た手紙を
神戸の方からもらったそうです。

手紙は色々な所から来ており、ほとんどが激励。

神戸の方からの手紙には


「頑張っているのは充分わかるから
無理しなくていい。」

同じ状況を
理解する人がいる。

僕だけじゃないと
実感しました。 



と、那由多さんは淡々と語ってくれました。

(私は震災当時を思い返して、涙が止まらなかったです。)


中学校でも震災の話はしないままに、


避難所から仮設へと、環境はどんどんと変化して震災を意識しない中学生活を送ったそうです。


同学年が荒れていたため(震災後にそういう学校が多かったと聞いています)、生徒会に入り、震災関連のシンポジウム・地域活動に参加をして


防災教育の大切さ、自立防災組織、地域コミュニティの大切さを認識しつつ


体験は語らないままに中学二年生の時にシンポジウムに参加。


自分の知っている情報は価値があると気づく。

 


この自分事として捉えた事が、
彼らの活動の原動力なのだと
聴きながら感じました。

そして、それから一年後の今年の3月に体験と考察をからめた発表を開始。



「大切なのは伝えて行くこと」


一番やりたいことは
未災地と被災地の情報交換。


彼らにとっては、


震災発生から今までが、震災である。

災害を自分事ととして捉えて欲しい。

同じことの繰り返しは嫌だ。

見たくない。 作りたくない。

あってはいけない。


私は昨年秋から、港区のご近所ラボ新橋で、防災をテーマにした対話のイベントをやらせていただいてるのですが


根っこの部分は一緒。 災害を自分事として捉えた者として


何が出来るかを考えつつ


活動を継続して行きたいと決意を新たにしました。


2016年に向けて、やる気をありがとう。


このパネルディスカッションの内容はもうちょっと伝えたいことがあるので続く・・・・

『 サムシンググレートの力 』

先月、

戦後70年記念&被災地支援チャリティイベント「日本(やまと)の響きと祈り」~今、呼びもどそう 和のこころ~

というイベントのボランティアスタッフをしました。


スタッフ向けの愛あるおもてなしとして、映画
<サムシンググレート・祈り>を観ました。

今回のブログは、この映画と講演で聴いた内容からの気づきをまとめます。


①遺伝子の話


サムシンググレートとは、「大自然における見えざる力である。」
と、登場人物であり、遺伝子工学の第一人村上和雄教授はおっしゃっていました。 

<村上教授インタビュー記事>


村上教授曰く


考え方、感じ方、ふるまい方次第で


良い遺伝子のスイッチがオンになり


幸せになる化学物質が分泌され、
体内を良い状態にしてくれるそうです 



笑い、感動、
感謝の気持ち、愛は、
身体に働きかけてくれる☆



幸せな感情の時の分泌物による
影響については、
脳科学的にも立証されているそうです。


感情の動いた時の波形を
機械でモニターした所

愛の発信時  の波動は

波形がなめらかで美しく

穏やかな振動が描かれます。


一報、恐怖を感じている時  の波形は


ギザギザ


ストレスは病気遺伝子を
オンにするそうです。



人は何かにチャレンジする時に
若干のストレスを感じます。



そして体内では


成長と防衛は同時には出来ない為、


意識的・または無意識に
防衛を選んだ場合


成長を止めて、身体が弱まってしまうそうです。


どうせ無理と思ってあきらめるか


ワクワクしながらチャレンジするかで

体調にも人生にも影響します 


②祈り

8人から12人くらいの集団で
遠隔で離れた場所にいる患者の回復を祈る実験が
アメリカで行われ、実際に改善が見られたという検証がされている。

祈られた人だけでなく、祈った人の体調も良くなるらしい。

これは、集団による祈りにより


絆を感じながらやることで、深い鎮静状態に入りやすいのかもしれないそうだ。


そして、大事なのは


願いと祈りは異なるということ。


祈りは本質に向かわせるけれど


自分だけの願いは届きにくものなのかもしれない。


絶対的なものと自分のつながりを信じる。


そして謙虚になる事で

地球や太陽、そして天からのメッセージを受け取りやすくなるそうです。


同じ目的に一緒に向かうと脳が同期するらしい。

大命(天からの指令)を楽しみ

楽天的に生きる。


これぞ瞑想の極意


明るく開いて待つとシンクロ 


③笑いの効用


村上和雄先生は、吉本と組んで笑いと健康のエビデンスを取った。


物凄いつまらない講義の前後に血糖値を測ったら、講義後は123まで上がったらしい。

しかし、同じ被験者グループで漫才の後に数値を確認したら77に落ちたそうだ。


私はこれを聞いていつか、ほめほめワークショップの前後に血糖値とかホルモンの変化を計りたいと思った。


そんな実験をしてみたいマニアックな医療関係者の方がいたら、ご連絡くださいね!


④細胞について


人間の身体は70兆の細胞で出来ていると言われているが

実際に誰も数えたことがないんですよ 

と村上先生がおっしゃってました。


体重60キロの人で30兆個2000個ぐらいとだそうです。


細胞同士が助け合ってなりたっているから


細胞の一つ一つが凄い


細胞は地球と対話しながら、私たちを生かしてくれているのかもしれません。



ダライラマは意外と科学に関心がつよく、仏教と科学の対話というのを

長谷川先生とされたそうです。


その中で、21世紀は日本の出番が必ずくるとおっしゃっていたそうでう。



大自然と調和


和の調和


東洋の心を持ちながら、西洋を学び


自然を尊ぶ。


遺伝子のスイッチをオンにするには、食が関係するそうです。


日本食の和の精神が良いとおっしゃってました。


キチンとダシを取る。 季節のモノを適量食べる。


発酵食品を食べる等々、食を見直してみてもいいかもしれませんね。


瞑想でも遺伝子がオンになるそうです。


生きていることに感謝をして、


競争社会から離れてみると


眠っている遺伝子にスイッチが入るかもしれません。



生きていることへの感謝は


癌細胞にも良い効果をしめし


感情・歓び・感謝が

ガンの進行を
止めることもあるそうです。



一人の人間の誕生は奇跡の結果。


サムシンググレート(大いなる何か)が


人間を作り


人間はJust help。 


天の計らいを信じ


使命を感じながら人生を全うしたいものです。
















『 不幸な現実をバネに変えた時に、不幸は糧となる☆ 』

8月29日から「ほめる達人検定」

略して「ほめ達!」の認定講師養成講座ベーシックの受講を始めました。

今回のブログは、一回目で出されたお題と、
それに伴い直面した「現実」  と
どう向かい合ったか、対峙したかについて、肚に力を込めて  書きます。 

第一回目の授業にて

壇上に出てきて

名前を言って、
「よろしくお願いします。」

だけ言って立ち去るというワークを行いました。

傍観者(オブザーバー)は感じたままを紙に書く。

それによって、オブザーバー自身のボキャブラリーを知る機会にするが、このワークの目的の一つでした。

人の評価をしている時の場の空気は冷たくなるものです。

すると応援する気持ちがなくなり、評価が強くなる。


ほめるの逆を知る目的もあるそうです。

「小野寺美和です。 よろしくお願いします。」

たったこれだけ。

私は笑顔で普通に、やりました。


ひと月後の9月26日に、そのカードが返ってきました。


私の近所の席に座っていた女性がさっそくビニール袋を開けて

カードを観ていました。

彼女のつぶやきから推測するに、ちょっとショックを受けていそうな様子でした。

私は授業に集中出来なくなる危険な予感がして  

観るのを踏みとどまりました


その判断大正解でした 


結果はあまりにもショッキングでした。

カードは19枚あり

実年齢より超えていたのが9枚・・・・

しかも50歳が4枚 

最高年齢52歳・・・・



昨年末の誕生日で、アラフォーを卒業し

アラフィフの仲間入りの45歳です。

今まで運動もやり、食事もしっかり取っており

年齢をあえて自分からは言わないが

訊かれて答えたとしても

もうちょっと若いかと思ったと言われておりました。

が、しかし

今回のワークにより」

客観的評価はそんなものなのだ・・・ 


と、衝撃を受けました。


年齢より上に言われたのが、
実は初めてでした 


一番若く書いてくださった方は32歳

「誠実、笑顔が素敵」 

さすが、ほめ達! サービス精神と愛情を感じました 

次に若いのは38歳

「行動的、優しそう、勉強熱心、意志が強い、学び続けている 」 

一瞬のうちにここまで読み取るとは、

さすが、ほめ達! 


50代と記載したコメントを書いた方の分析は

学校の教師風が多い。

それは何故か? 

我が家は教員一家。

祖母、祖父、父、母、兄が皆先生。

DNAがそうさせるんでしょうね 

几帳面で真面目そうな印象を感じる人は、私を年上に感じさせる模様。

それを良く捉えるならば

貫禄と風格を身にまとっていると
捉えようではないか。


ほんとの私は

ズボラでおふざけ大好きなので、 
そういう評価は

有難いですね 


それにしてもですよ、

独身女性としてね

年齢よりも上に観られるという事ほど

ショッキングな事は無いわけですよ 


しかしね、大枚はたいて受講を決めた

ほめ達!認定講師養成講座ベーシック。

この状況をどう自分への学びに変えられるか!??


が、

真のほめ達への路☆


講座のノートを読み返しました。


『本気の定義三か条』の一つにこう書いてありました。

全てのことが
アドバイスに思える。

全てのことが
アドバイスにしか聞こえない。

不条理・理不尽が成長させる。

その中で変換するしなやかな心。


☆ 理不尽を楽しめ ☆


☆ ストレス・不可は
成長のチャンス ☆


めっちゃ反省した私は、昨日友人との会食の際に

きちんとメイクをして

女っぷりの上がるワンピースを着て

指定された新宿へと向かいました。

久しぶりにヒールを履いたら

なんっと

21.5なのにカポッカポ。

友人に 「見てこれ、もう履く靴なくなっちゃうよ~ 」 
と言いながら

高速バス乗り場へ送り

新宿駅の地下道を副都心線の新宿三丁目まで
歩いておりました。

「なんか中敷買わないとだめだなぁ」と思っていたら

なんとミスターミニットがセールを行っていました。 

そこで、私のカポカポ状況を店員さんに相談してみました。

ご親切に新品を開けて、つま先に入れてくれました。

しかしながら・・・・ しっくりきませんでした。

そこへ、外人の男性二人組がやってきました。

どうやら中敷に興味があるようです。

「これは試せるのか?」と訊いたら

店員さんが英語で応対してました。

グローバル時代ですね。素晴らしい。

そしたらついでに私にも英語で話しかけてきました。

着ていたワンピースも
ほめてくれました 

一人はUKから、もう一人はおパリから来たそうです。
映像系の仕事をしているとのことで、「竹之〇豊」と撮ったツーショットを見せてくれました。

UK 「なんで英語が話せるの?」

私 「外資につとめていたからよ」と応えました。


今日は時間がないからってお店の方に明日迄やっているかを確認した後


連絡頂戴と、名刺を下さって二人は去って行きました。



今回の現実に直面したショックから上げた

私のモチベーションによる行動が

活かされたのです~  


ありがたや  

不幸をただ不幸と嘆かずに


バネに変えて、
上がろうではないか!


デラコもちょっとずつがんばる 


今日も読んでいただき、ありがとうございました❤ 







『 善意のバトンの渡し方の私信 』

今日、茨城県常総市に行ってきました。

今回のブログは関東・東北豪雨災害から気付いた, 災害時の心がまえについて書きます。

関東・東北豪雨のニュースが出て直ぐに、茨城在住の親戚と、友人に連絡をしました。

親戚は無事でしたが、友人は連絡が取れずでした。

フェイスブックのプロフィールで住所を確認したら「常総市」と書いてあり

私は「うそでしょ」と絶叫し、ニュース映像をみて泣いてしまいました。

友人は中学・高校の同級生です。 彼女の実家も東日本大震災で被災し倒壊しました。

色々な物を乗り越えて、気丈に生きてきた仲間が、今度は彼女自身が危険にさらされたのです。


避難所にいるとフェイスブックに投稿があがった時は、安堵でまた泣きました。


彼女はホスピタリティに熱い方なので、慕われていたから

水量が落ち着いてからは、関東近郊だけでなく、東北からも家族や友人たちが駆けつけていました。

直ぐにかけつけたいと思いつつ、

災害時のサポートって、時間のかかるものなので

タイミング見計らって連絡してみました。

Y 「御陰様で大分片付いたのね~。 日常生活を味わいたいから、ただ単にお茶のみに来て」

デラコ 「分かった。 はなしこ語りすっぺし (おしゃべりしましょう)」と今日行ってきました。

ここからちょっと自分の話をさせていただきます。

私は震災時に、同情されるのが辛くて、

「大丈夫?大変だったねー。何かする事があったら言ってね」と

言われるたびに、

「私は大丈夫だから」と断っていました。


本当に辛い時って、 誰かに対して
「こうして欲しい」って
考えつかないものなんだって
初めて知りました。


しかも、そこにたどり着くまでも時間がかかりました。


”優しさを受け入れられない自分”を
受け入れられなかったのです。



その時に”悩み辞典”というサイトに質問したら、出来るだけ似た境遇の人と接する様にとアドバイスを受け、岩手・宮城出身の友達に気持ちを開示して、救われました。 


分かり合える人にしっかり聴いてもらう安心感って
別に存在するのを体感できたのです。


今回友人もやはり同じような事を言っていました。


同情されたくないと。 


災害時にどう言葉をかけていいか

難しいですよね。



私は意外と言葉って要らないかもなと思いました。


言葉をかけつつ、自分なりに出来る事を考え、やれることをやる。


友人曰く、今回色々な支援の申し出があったそうです。

その中にはお金もあったみたい。


いただいたお金をいつか御礼しない・・・・とと考えると


ありがたいのですが、

経験上、精神的に負担感じる時もありました。


私は震災時にカンパを頂戴しました。


それを我が家よりも被害がひどかった親戚に
生活の足しにしてと
活用させてもらいました。

ありがたかったです。


災害時に頂戴した支援の心を


他の方へサポートすることで


つなごうと決めて行動しております。


災害時の行為は、

お返し不要のマインドでやりませんか?

なんとなく・・・・


それが善意の連鎖を
生むと思います。



今回の水害で、現地のお年寄りが、お掃除を業者に頼み、ボランティアにお礼を振る舞い

金銭的な負担が大きくて困ってしまったという記事が新聞に載ったそうです。


そういう本末転倒なことは、東日本大震災でも起こりました。

ボランティアで現地入りする時の
心構えとしては
「させていただきます」
の気持ちでやりましょう。


あまり気を遣いすぎるのも調和を生まないけれど、


相手に心を配る姿勢が求められます。


今後もしも災害ボランティアに行く時の
心構えとしてお伝えしたいポイント


* 基本的に自己責任

* 体調の悪い時は行かない、無理しない。


* 基本手弁当で、自分で用意するか、現地に問い合わせをすること。


* 相手は指示が出来る心境・状況じゃない場合があるので、自分から仕事を見つけること。(その場合、一応こんな感じでやりますよと合意を取りながらやると、もめません。) 




「今日は5時前くらいに撤収するでいい?」と友人に訊いたら、

「そういう風に帰る時間を教えてもらえると助かる」と言われました。でないと、「いつまでいるんだろう」と心配しちゃうらしいです。 


前に彼女が気を遣って
「そろそろもういいんじゃない?」と声掛けしたら


「いや、もうちょっとやらせてほしい」と言われたそうです。


するとね、家主は疲れていても休めないのですよ・・・


とかね


お返しに気を遣うから、基本的にお金・商品券は断っているんだというスタンスだったんだけど


どうしても渡したいという、義姉の嫁ぎ先のもらってくれ攻撃とかも

辛かったみたい。 (大量の食料品(干物等)を受け取ることで、落ち着きました  )



善意は時々ね、 

受け取れない時もあります。


それってもの凄く辛い事なのね。



だから、気配を察知しましょうね 


私は今回、「軍手とか、ゴム手袋もっていく。」と言ったら


Y 「売るぐらいあるから手ぶらで来てほしい」


デラ「何か美味しい物買って行こうか?」と言ったら

Y 「食べ物いっぱいあるから、逆に持っててってほしい


と言われました。 


適量な食糧支援って実は難しいんだなって東日本大震災でも感じたことでした。 好みもあるし、期限問題もありますね。


おかげで、出身地宮城県気仙沼市唐桑町のリンゴ、さんまの煮つけ、マグロのしぐれ煮、仙台の梨を頂戴しました。

親の所に届けます (o‘∀‘o)*:◦♪

気心しれた友達にサポートする場合は、そんな感じで本人の御意志を汲むやり取りをすると、お互いやりやすいと思います。


優しい気持ちを届けるためには、
相手の状況を知ること。



今回私の友人は実家、および本人と、5年以内に二度も災害を経験しました。


しかし二度目ゆえに、
彼女はもの凄く冷静に物事に対処できたそうです。


炊きだしを積極的にやり、水道の止まったトイレの水汲みを若者達と協力してやり


初日は眠れなかった避難所も、三日目には大の字で熟睡できたと笑ってました。


家の後片付けに来てくれた、東日本大震災を経験した方々が

もの凄く手際が良くて、


「今度なんかあったら私、どこでも手伝える」 p(*^-^*)q

とスキルアップしたようです。 
ほんと頼もしい笑顔で言ってました 


私はわたしで、
この3年ぐらいボランティアで色々な所に行ったから

自分でいうのもなんだけど
気を遣わせないで、お手伝い出来るようになってきた気がします。


相手の吐き出す想いも、 
がっつり受け止められるようになってきました 


経験の積み重ねっていつか活かされるものだし


災害が起こっても、人は受け止めて、


前を向いて進めるんだと


友人の姿からと

自分で身を持って経験できました。


ピカピカになった食器棚と友人とパチリ



備えあれば憂いなしだけど


ぶっちゃけ、本番でどうにか出来るものかも。


自分の中の生き抜く力を信じつつ 

逞しく、しなやかに、いきましょう 


今日も読んでいただきありがとうございました ❤












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プロフィール

ほめ達!カウンセラー・デラコ

Author:ほめ達!カウンセラー・デラコ
本名:小野寺美和 
1969年生まれ 
東京都目黒区在住
宮城県気仙沼市出身。

「ほめ上手を増やして社会を良くする」を活動理念に、行政・企業・学生・婚活・育児・福祉施設支援として「ほめ方・ほめられ方」講座やワークショップを全国で開催。述べ600名以上(2016年6月末時点)

ほめる達人検定1級・ほめる達人検定認定講師。産業カウンセラー、ワークショップデザイナー


1990年恵泉女学園短期大学英文科を卒業後、バブル崩壊直後に証券会社に入社営業として4年勤務。その後外資系情報通信社に転職しクライアントサポートとして18年在籍。

2011年東日本大震災で実家が被災し、両親が上京。その年の暮れに所属部署が無くなり突然リストラに・・・

被災地の為に何か役に立ちたいと考え、一念発起して退職金を元手にカウンセリングを学びながら、2014年ほめる達人検定一級を取得。2016年ほめる達人検定認定講師として全国で活動。


個別ホメ相談(Skype)、ワークショップ・セミナーの
お問合せ、ご依頼は
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ホメ相談(E-mail)もお気軽にどうぞ。
<相談内容・回答は匿名でブログで載せさせて
いただきます。>



趣味:テニス、サーフィン、座禅・瞑想、 おつまみの研究

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☆ アイムパーソナルカレッジ:カウンセラーコース修了
☆ 日本産業カウンセラー協会:産業カウンセラー
☆ 一般社団法人日本ほめる達人協会:
ほめ達検定1級・認定講師
☆ メンタルヘルス・マネジメント検定Ⅱ種
☆ 青山学院大学ワークショップデザイン養成講座修了
☆ 青山学院大学ワークショップデザイナープラス修了
☆ 生涯学習開発財団認定:ワークショップデザイナー
☆ 財団法人ウェイクナーズ:「メンター講座」修了
☆ 第五期かさこ塾修了
☆ 港区ご近所イノベーション学校修了・総代

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