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『 言葉は人を笑顔にして、笑顔は言葉を超える 』

 うちの母が再入院して3週間が過ぎました。高齢者ばかりの4人部屋は時々入れ替わりがあります。 母は廊下側の左手、窓辺に2名の現在3名で滞在しています。 今日の記事は、同じお部屋の方との交流について書きます。

言葉は人を笑顔にする。

 窓辺の左側に新しく入った方はデイルーム(食事や面会をする場所)で一度面識のある方でした。顔色がピンクで、笑顔がもの凄く癒される、福々しいお顔のご婦人です。御年89歳。元日生まれで自由が丘在住だそうです。お食事も全部自分の意志で食べて、言葉遣いが上品。その方と先週たまたま同じテーブルになり、奇遇にも母の隣のベットに移られました。

 父も母もその方の雰囲気が好きなようで、一緒にご飯を食べながら「笑顔が本当にすばらしい。」とほめます。するとその方も「まぁ自分では気づきませんけれども、そうおっしゃっていただくと嬉しいです。」と頬をそめます。今日はお昼をご一緒していたら、「私より三つ若いわりに、若々しくみえますねぇ。」と母を褒めてくれました。そう言われて母も笑顔、父も私も笑顔になりました。

 本当はいけないのかもしれませんが、父が巨峰を5粒だけ母の為に持ってきていました。同室のご婦人はしばらく巨峰を召し上がってないだろうなと思って、「もし良ければ巨峰召し上がりませんか?」と聞いてみました。そしたら、「あらいいのかしら?」とおっしゃったので、「二粒だけですけど、どうぞ」と皮をむいてお持ちしました。「あら悪いわね~ではいただきます。」と一口食べたら、満面の笑顔で「ま~本当に美味しい。もう一ついいのかしら?」と二粒食べてくれました。それを見てうちの両親が「あー良かった~」と共に笑顔。美味しい物をちょっとだけ、分け合って共に食べるって幸せな気分になれますね。

笑顔は言葉を超える。

 母の病室の窓辺の右手の患者さんは話す事ができません。先週同室になってから一度も食事を取ることが出来ない状態です。ある日苦しそうに手を伸ばして何かを訴えかけていました。それに気づいた父が「なんだか苦しそうだぞ。」と言うので、私は様子を見に行き、空に伸びた左手を握り、「大丈夫ですか?」と問いかけました。思いがけず握り返す手は力強かったです。父に、「ちょっと看護婦さん呼んできてあげて」と伝えて、私は「大丈夫ですよ。今看護婦さんが来ますよ。」と声をかけました。看護婦さんが来てくれて、「ありがとうございます」と交代しました。看護婦さんが色々と症状を聴きますが、返事を言葉で伝える事が出来ません。ちょっと切なくなりました。

 昨日のお昼、その方のお昼は薬のみ。看護婦さんが起こそうとしても起きませんでした。しかし、看護婦さんがちょっと席を外したすきに、腹筋を使って上半身を起こしたのです。「がんばって起きましたね!すごい!」と言ったら、もの凄く満面の笑みを返してくれたのです。意思疎通が取れない方なのかなと思っていたので、思いがけない笑顔に胸が熱くなりました。心と心が通ったのを感じて不思議な感動が湧いてきました。その笑顔を見て父も「あゝ、良い笑顔だなぁ。嬉しかったんだなぁ」といっておりました。 


高齢になると出来ない事が増えて、ふさぎがちになる事も多いと思います。しかし、ちょっとの声掛けで素敵な笑顔をみせてくれますね。相手の素敵な所に気づく、それをちょっと声にしてみる。ちょっとの勇気で自分の心が温かくなります。





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『 父との衝突から観えたこと 』

前回のブログ記事で、父がガンでなくて良かった、これからは優しくしよう!と心を決めた翌日・・・

父と喧嘩をしてしまいました 

介護をしていると、煮詰まってイライラすることもありますね。

今回のブログは自戒を込めて、父との衝突から気づいた事、学んだ事を書きたいと思います。

1 父との喧嘩

先日入院先の担当医から、退院後の介護プランを考える前に、現状の体制について聴かせてほしいと、ソーシャルワーカーさん、父と私で面談をしました。 

実は父の前で言いづらい悩みがあったので、父に途中で部屋に戻ってもらい説明しました。

7月の入院中に、ケアマネージャーさんに電話相談した際に、退院後に父だけで介護は難しいかもしれないと言われました 

母が寒がる度に、真夏でもパジャマの上に冬のカーディガンを着させたり、分厚い布団をかけたり、もの凄く汗をかいていても着替えさせないことがあったりすると訪問看護の方から報告があり、あの状態では「こもり熱」で再入院しかねない。母の体温管理は父では無理なのではないかという見立てです。 

これまでは週2回月曜、金曜に訪問看護士さんに通っていただいておりましたが、毎日訪問看護を入れるのは金額もはるし、要介護2だとサポートの回数も限られるので、ヘルパーさんの導入を打診されました。

看護師さんだけでなく、ヘルパーさんに入ってもらうことで社会と接する機会を保ちながら、飲水の管理、身体清拭や公園へのお散歩補助、理学療法士さんは寝込みがちで弱った筋力アップ。 

猛暑の夏を安全に乗り切る為に、月曜は訪問看護士さん、火曜から木曜日までヘルパーさん、水曜日に理学療法士さん、金曜日に訪問看護士さんという介護プランを組んでいただきました。この体制ならば安心して在宅介護が出来ると予測しておりました。その他主治医の方が月一で往診してくださることに。 本当に手厚いサポートでありがたいなぁと安心しました。

しかし、実は・・・父と介護サポーターの皆様との関係構築が怪しくなりました。

自分がやってきた仕事を第三者が行うことで、生きがいが取られたように感じたのかもしれません。

訪問看護の方曰く、母のサポートで入っているけれど、父がしゃしゃり出てきて母と話が出来ない悩みを抱え、ケアマネさんは提案内容を父が聞き入れてくれない、父は父で全然大したことをやってくれない、と双方がかみ合っていない状況になりつつありました。

その最中の再入院。 色々な事を整理するタイミングだったのかもしれません。

介護プランについては、ソーシャルワーカーさんもバッチリですとおっしゃってくれました。 退院後の栄養バランスを考えて、宅配の介護食をお昼に一回のみ導入を検討してみてはと言われました。

実はそれは一回トライして断念しておりました。

理由は、毎日毎日食べきれないだろうから苦痛だと父が判断した為です。 食べたり、処分するのは主に父です。無理強いはできないので、そこは折れました。

ただ、消化が良く、栄養バランスが良いものを素人の我らが毎食提供するのは難しい。そのため、退院時に担当医の先生から説得していただくようお願いしました。 それに追加して、介護・介助の仕方もわからないので看護師さんから学びたいと伝えたら、そういう勉強会もありますので、是非とおっしゃってくださいました。 

どうしたら母の介護をスムーズに行くか考え、 私は父の不安を和らげることが先決だと考えました。

今まで父のいない所で私が色々と話を進めていた内容を整理して伝え、父の不安を聴き、理解を促そうと考えたのです。

夕飯をすませ、じっくりと父の話を聴こうと膝を突き合わせて話を聴こうと思ったら、

父から関わってくださっている方それぞれに対しての愚痴が噴出しました  

”ほめ脳”になっちゃった私は、それらのマイナスの意見が受け入れらず、

デラコ 「なんで皆さん一生懸命やってるのにそんな風に言うわけ? 感謝の気持ちが全然ないの?? そんな風だったら誰もサポートしてくれないよ?」と言ったら、

父 「だったら俺が出来ることは俺1人でやる  」と言い出しました。

本来だったら、立派な姿勢なんです。 

ただ、父だけの介護は母にも父にも負担なだけです。

今冷静に考えるとね、酔っ払いの言い争いです。 お酒入って真面目な話するものじゃないですね。(よくやる失敗)

頭の中では冷静な私が「ほんとはそんな事言いたくないでしょ?そろそろ落ち着いたら」と声を上げていたけれど、その日は暴れん坊の私の方が勝ってしまいました。 成長してないね~  

デラコ 「分かりました。お父さんの役に立たないことばかり勝手に進めてすみませんでした。これからはお兄ちゃんと決めてください。」と言ったら、

父 「俺は介護について洋を信用していない。洋は何もしない。」と言い出す始末・・・ 


もー話しにならんと、家を後にしました。


一応長兄には「父と喧嘩したので、しばし交代願います。」とだけメールしました。

喧嘩する度に、 「どうしようコレが最期の会話になったら」とクヨクヨします。 出来れば良い方向に持っていきたいと思ったけれど、全然思いつかなかったので、仙台の次兄に電話をしました。

次兄は教員をしていて、モンスターペアレントの対応にも慣れており、ベテランカウンセラーの様に聞いてくれ、アドバイスをくれました。

次兄 「美和、真田丸観ているか?」

デラコ 「観てるけど、何よ」

次兄 「お父さんはな、亡くなる直前の秀吉みたいなものなんだ。 もうね冷静な判断が出来ないんだぞ。」

デラコ 「むむ、例えが分かりやすい  」

次兄 「 仕方がねーんだぞ。年よりは変わんないし、言う事聞かないんだがら。 取りあえず今の体制を変える必要はねーさ。 ケアマネさんには「父がすみませんねー言う事聞かなくて」って謝って、お父さんの愚痴は聞き流す。 のらりくらりとやるの。 現状はなーんにも変わらないんだけどね、それが一番 

デラコ 「なんか私の頭の引出には無い戦法だけれども、そうするのが良い気がしてきた 

次兄 「何かあったらさ、俺がいるからさ。 あんまり無理しないように」

デラコ 「  」

次兄に話したら、落ち着きました。 

多分、煮詰まった気持ちをグダグダとぶちまけたかっただけだったのかもしれません。

その後、長兄からも電話が来ました。 

長兄 「お父さんのな、言動は症状だと思って聴けよ。生活のことは自分で出来てるけれども、正しい判断が出来なくなってるんだ。仕方ないと思え。 長丁場なんだから、あんまり深刻に取らないように。」

二人の見立ては、老人だから仕方がない。


仰る通りなんです 。 


兄二人に諭され、私は本当に家族に恵まれているなぁとシミジミと感謝の念が湧きました。


おかげでぐっすりと眠れたので、反省して朝父に電話をしたら、

父 「美和ごめんなー。 俺が悪かったなぁ。ごめんごめん」

と、先にあやまられ、一軒落着です。

2 歩みよりの対話 

落ち着いて父の希望をヒアリングしたら、

訪問してくれた際に、介護をしている自分にもっと様子を聴いてほしいと言っていました。
朝ごはんを食べたかとか、昨日の夜はぐっすり眠れましたか?とか。 

あと、実は入院が長引いてるから介護が不安で、このまま入院でも良いかなって思っているようでした。

父もいっぱいいっぱいだったんですね。 

自分のリズムで食べさせようとして食べたくないと抵抗する母にイライラして、時々無理やり詰め込もうとします。

「それは辞めて。 お母さんのリズムで」 と、お願いしても聴いてもらえない時があり、困っておりました。

あくる日の午後、嚥下(呑みこむ力)について、耳鼻咽喉科でみていただくことに  

看護師さんが車いすで母を新館まで運び、父と同行しました。 

担当は女医さんで、鼻に麻酔薬を注入して、鼻から食道までカメラを入れてモニターしました。

お水の飲みこみと、ゼリーの呑みこみを観察しました。

お水は問題ないけれど、ゼリーの呑みこみが若干弱めでした。 飲めるけれど、少し残る。

「あーだから良く噛むし、繊維質は丸めて出すんだなぁ」と理解できました。

その日の夕飯は私が介助して、母に箸を持ってもらって、母のリズムで食べてもらいました。

デラコ 「お父さん、お母さんはこれぐらいの量でこれぐらいの速度でないとだめなんだね。」

父 「そうなんだな。ようやくわかった。」と理解してくれました。


納得したら、態度が落ち着く。 その納得してもらう説明を丁寧にトライする。

それが母への応対を良くする道なのかなぁと、学びました。



老々介護のアシストは、私の新たな役割。 父は父で頑張っている。

まだまだ新米だけれども、 やりながら考え、煮詰まったら身内に吐きだし、
貯め込めずに、深刻になり過ぎずに、やるしかないかないなぁ



ずっと長く座っているからか、足の甲がむくんでいたため
足もみを教えてあげました。 気持ちよさそうねぇと母も興味しんしん。





昼食はおうどんです。 どんぶりが大きくて見ただけでお腹いっぱいというから、半分にしてもらいました。




やっと点滴が外れたので、気分転換で外を見ながらおしゃべりも出来ました。




和解の乾杯。 家から栗ごはん、煮物、スイカを持っていったから喜んでました。





なるべくご機嫌キープで、笑顔で支え合いできますように。 

『 父のカミングアウト 』

8月20日に母が高熱を出し、こもり熱(熱中症の一種で体内に溜まった熱が放出されないこと)か風邪で38度台の熱が続き、22日にいったん下がったものの、23日に38度4分に上がった為、救急車で病院へ

点滴で栄養と水分を補給しながら色々検査して、腎臓と肝臓の数値が悪化、十二指腸潰瘍が見つかり、まだ入院しております。

十二指腸潰瘍が見つかる前は点滴をやりつつ、ご飯をちょっとずつ食べていたのですが、



潰瘍が見つかってからは、首にカテーテルを入れて点滴。 抜かないように身体拘束着を着させられて可哀そうです。

日中全く動かないし、夜は拘束・・・ 食欲もわかず余り食べられません。

主治医に訊いたら、御飯がもう少し食べられるようになったらと(^_^;)

父は11時の面会から、夕食までずっと母に付き添っています。私は父を送り、母に昼食を食べさせ、家に戻り在宅で仕事をしたり、料理を作って父に運んだり、8月はそんな感じで過ごしていました。


父と夕食のスーパーに買い出しに行ったら、いつの間にかWaonカードを作っていました。ちょっとずつ都会での生活力が上がっています。



うちの父は戦争経験者で、もともとワイルドな野生児なので、しつこく言わないとお風呂に入りません(^_^;)

先日、母が寝る時間が多かったので、たまには父を休ませようと、早めに病院から家に戻り、

「お父さん、そろそろお風呂に入った方が良いよ。ご飯食べる前にお風呂入ってきたら?」と言いました。

「そうだな、たまにはそうするか。」と、珍しく同意してくれたので、

「頭も洗った方がいいよ。」と言ったら、

「どれがいいんだべ?」と言うので、「これ洗って漱ぐだけでいいから」とリンスインシャンプーを教えました。

お風呂に入ってさっぱりしたのか、夕飯を食べる前にリビングで、

父 「美和に心配かけさせたくないから言わないで来たんだけれども、俺はもしかすると前立腺がんかもしれない。」と言うではないですか!?

母の介護だけでなく、父もか!? 

私は「そうきたか・・・」と頭の中で思いました。


天は私を鍛えようとしている。


その日の夜は、これまでの私の言動にひとしきり反省して泣きました。


その日の夜SNSにつぶやいた言葉

『 親の介護を経験して
自分の器の小ささ、
至らなさ、
冷たさ、
色々垣間見ました。

しかし、時々成長も
感じます。

不完全な自分を
丸ごと受け入れたら、
か弱くなった母、
不安を抱える父が、
なんだか愛おしくなりました。

無条件の愛とは
そういうものなのかもしれない。』


夜は眠りが浅く、翌朝も早くに目が覚めました。

携帯をいじっていたら、6時半に電話が

父 「美和、台風の影響が出るかもしれないから、今日は行くの辞めよう。」

デラコ 「いやいやいや、大丈夫大丈夫。泌尿科経由してお見舞い行こう。」

と、半ば強制的にバスで泌尿科へ


その病院は震災直後から母の膀胱炎でお世話になっていますが、父は初診。奥様が東北出身で、親身な先生です。

先生 「あれ奥さんは?」

父 「今入院してるんです。今回は私が」

先生 「どうしました?」

父 「ずっと前からポリープがあって、育って来たから前立腺癌なんじゃないかと

先生 「え⁉︎ 見てみましょう」

と、場所がアレだから私は待合室へ


五分くらいして呼ばれました。


診察室に入ったら、

先生 「なんでもありませんでした。脂肪腫です。手術で取れるけど取らなくて大丈夫。」

一同笑う


もうね、カン違いにありがとうです。

いかに大切な存在であるか

身にしみて考えました。


診察が終わり目黒川と病院を背景に



川沿いを歩き、見舞いました。





色々ありますが
笑顔多めで
がんばります (´・Д・)v

『 介護ラボ :初心者介護からの気づき 』

母が先週の火曜日から再入院しました。



入院中に貧血が進む、潰瘍による出血の疑いがあり、内視鏡検査を受けています。


もっと早く連れて来るべきだったか

自分はもっと介護に介入すべきだったか等、

反省しきりです

しかし、介護者の私は弱っちゃいられません


メンタルヘルスのプロとして、

こんな時こそ、内省して、実践から見えてくるものは、沢山あります。

今回のブログは気づきのお裾分けです。


今、矢作直樹さんの「おかげさまで生きる」を読んでおります。

その中で心に沁みた言葉、


「全ては学び」

どんなにうまくいかない時でも、今ある現実をいったん全部受け入れてください。

そして、うまくいかない理由ときちんと向き合ってみることが大切です。

あるがままの自分を受け入れ、


苦境から学ぶことが、

自分と周囲に対する最上の愛へとつながていきます。


介護をしながら弱った両親に、

イラつくこともあります。

ありますとも。

人間だもの

そんな時に、自分の器と否が応でも対峙します。

失敗もあります

明日はもっと優しくしようと、

反省


翌日優しく接して、

ありがとうと言って貰えた時、


幸福感を味わうことができます

その繰り返し。

デイルームに置いてあった本からも
励まされました。




「辛さ」や「悲しみ」を楽しむ能力。


「辛さ」は「辛さ」だけで構成されていないこと。

「悲しみ」は見方によっては、「楽しみ」にもなりうる。

自分の心を観ながら、

一歩ずつ前へ


『 在宅介護ラボ : 親の薬を減らす覚悟② 』

3度目の減薬に挑む

母の父に対する誤認・攻撃的な言動、について悩んでいた時に、学芸大学駅の本屋さんでコウノメソッドという新しい認知症治療の本を発見。一番近くで取り組んでいる三軒茶屋のメンタルクリニックに4年間ぐらいお世話になりました。

母の攻撃的な言動はアリセプトの副作用だったようです。アリセプトは認知症の中核症状と言われる記憶障害や判断力の低下といった認知機能障害の進行を遅らせることができるといわれていますが、副作用としてうちの母は、怒りっぽくなり、頻尿が悪化しました。

メンタルクリニックの先生の処方のおかげで、認知症状が落ち着いてきました。カウンセリングも丁寧で、信頼できる先生だと思います。

ところが、慣れない環境で暮らす後期高齢者である母は穏やかに、緩やかに、弱ってきていました。

家からも出たがらず、デイサービスも途中で辞めたので、訪問看護サービスを利用し始めて1年ぐらい経ちます。

母の体調が見るからに悪化したのは6月ぐらいから。 

月1回のメンタルクリニックにも通えない状態だったので、私一人で代わりに受診。 ふらつきがひどいとお伝えして、痛みどめのリリカの処方を前回倍にしたのを元に戻して様子を見たいと伝えました。

調剤薬局にふらつきと、多汗症気味と伝えたら、「腎機能が落ちていると腎排泄型の薬はたまっちゃうかもしれないから、飲んでて効いてないと感じる薬は減らしてもいいかも。」とアドバイスをいただきました。

主治医の先生に薬の減薬について相談してみたら、「私の所で一本化にされるならば、調整は出来るけれど・・・他病院の処方には口出しが難しい」とのこと。 それは1度目の減薬の時に胃腸内科から心療内科に転院する時に経験しましたので、事情はなんとなく察しました。 

7月31日の土曜日にメンタルクリニックの先生に又一人で代診、リフレックスという薬(副作用に多汗症、自律神経障害がある)とアモバンという睡眠導入剤を辞めたい旨を伝えました。 リフレックスに関しては、45ミリから始めの2週間は30ミリ、次の2週間は15ミリと段階を経て減らすことになり、アモバンは呑むのを辞めることになりました。

母が通えない状況の為、腎臓内科に一本化させていただく事を伝えて、指示書を出していただきこれまでの受診履歴を引き継いでもらえることになり、ホッとしました。

8月2日の火曜日に、主治医の先生が往診してくださることになっていました。

その前日、フェイスブックの認知症オンラインというサイトから、こんな記事が流れてきました。

寝てくれない…認知症の睡眠障害、理由と対応を考える

中盤の薬の副作用というタイトルの文中に現在母が呑んでいる薬(メマリーとレミニール)が2種類載っていました 

本文より
薬の副作用は食欲不振、不眠や昼夜逆転を引き起こしているケースもあります。例えば、認知症治療薬の>>アリセプトで興奮して夜寝られなくなったり、逆に>>メマリーでは眠気で寝込んでしまうという報告が多くあがっています。

うちの母は傾眠の傾向が強いので、リンクをクリックして読んでみました。

更に検索してみました。

そしたら、認知症ねっとに 
こう書いてありました。

メマリー(メマンチン)とは、中等度および高度アルツハイマー型認知症における症状の 進行を抑制する薬です。ただし、高度の腎障害の ある方は上限が1日10mgになるので注意が必要です。

うちの母は腎臓が不調ですが処方は20mg。上限を超えていました。 

メマリーのサイトの下に、レミニールについても記載されていました。

レミニール(ガランタミン)の概要・効果・副作用まとめ

肝機能や腎機能に重度の障害を持つ方にとっては、安全性が確立していないため、処方されないケースもあります。

頻尿、食欲不振、ふらつき・めまい、筋肉のこわばり(疼痛)、 日中の傾眠が見受けられます。

「上記のような副作用がでてきたら、薬の量を調整するか、症状を落ち着かせるための別の薬剤を処方してもらう等、医師に相談して対応することが大切」と書かれていたため、私は、メマリーに関しては10ミリ、 レミニールに関しては不安だと主治医の先生に伝えました。 念の為メンタルクリニックの先生と相談しながら、調整してくれる方向になりました。

母の体調の悪化が、薬のせいかどうかは分かりません。 

認知症の薬を飲んでも、症状は進むと言われています。

であるならば、薬による内臓負担を軽減して、

ふらつきを押さえて自分の足で歩く。

食欲不振を改善して、ご飯を美味しく食べる方が、

母のこれからの人生をより良くするのではないかと、判断しました。


今回伝えたかった事のまとめ。

① 家族の薬、およびその副作用を把握しておく。

② 薬を減らした場合は、体調の変化を細かく観察する。

③ 減薬に伴うリスクもありますので、勝手には判断しない。 
抗鬱剤、安定剤等の場合、離脱症状が出ることがあります。医師の指示に従いましょう。

④ 薬の変化については、関係医療機関等に報告すること。


御陰様で、母は眠剤を辞めて1週間、ちゃんと夜に眠れているようです。 

不必要な薬かどうか本人の判断が難しい場合、 家族の判断が求められますが、

薬を減らすことについて理解して応じてくださるお医者様と、 そうでない方もいるかもしれません。

伝え方にも考慮しましょう。



今、母が呑んでいる薬たち。 もう少し減らせるといいなぁ。


プロフィール

ほめ達!カウンセラー・デラコ

Author:ほめ達!カウンセラー・デラコ
本名:小野寺美和 
1969年生まれ 
東京都目黒区在住
宮城県気仙沼市出身。

「ほめ上手を増やして社会を良くする」を活動理念に、行政・企業・学生・婚活・育児・福祉施設支援として「ほめ方・ほめられ方」講座やワークショップを全国で開催。述べ600名以上(2016年6月末時点)

ほめる達人検定1級・ほめる達人検定認定講師。産業カウンセラー、ワークショップデザイナー


1990年恵泉女学園短期大学英文科を卒業後、バブル崩壊直後に証券会社に入社営業として4年勤務。その後外資系情報通信社に転職しクライアントサポートとして18年在籍。

2011年東日本大震災で実家が被災し、両親が上京。その年の暮れに所属部署が無くなり突然リストラに・・・

被災地の為に何か役に立ちたいと考え、一念発起して退職金を元手にカウンセリングを学びながら、2014年ほめる達人検定一級を取得。2016年ほめる達人検定認定講師として全国で活動。


個別ホメ相談(Skype)、ワークショップ・セミナーの
お問合せ、ご依頼は
happylifelabo@gmail.com までお気軽にご連絡くださいませ。

ホメ相談(E-mail)もお気軽にどうぞ。
<相談内容・回答は匿名でブログで載せさせて
いただきます。>



趣味:テニス、サーフィン、座禅・瞑想、 おつまみの研究

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☆ アイムパーソナルカレッジ:カウンセラーコース修了
☆ 日本産業カウンセラー協会:産業カウンセラー
☆ 一般社団法人日本ほめる達人協会:
ほめ達検定1級・認定講師
☆ メンタルヘルス・マネジメント検定Ⅱ種
☆ 青山学院大学ワークショップデザイン養成講座修了
☆ 青山学院大学ワークショップデザイナープラス修了
☆ 生涯学習開発財団認定:ワークショップデザイナー
☆ 財団法人ウェイクナーズ:「メンター講座」修了
☆ 第五期かさこ塾修了
☆ 港区ご近所イノベーション学校修了・総代

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