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『 介護が楽しくなる?ユマニチュード実践 』

昨日のブログ 『 在宅介護からの学び 』 を読んでくれた友達から、

『こういう介護でひとりで悩んで行き詰まってしまうひとも多くいると思うので、みわさんの考え方や実践しやすい方法など、ためになるひと多いんじゃないかな?』 とフェイスブックにコメントをいただきました。


結構重たい内容だったと思うのですが、

考え方、実践しやすい方法が為になると言っていただくと

発信した甲斐がござります 

今回は、食欲がないとご飯を食べてくれない母、しょぼける父に

私なりにトライした介護手法 ユマニチュード 実践例をまとめます。

※ ユマニチュード(Humanitude)とは

「人とは何か」 

「ケアをする人というのは何か」を問う哲学、

それに基づく150を超える実践技術から成り立つ、知覚・感情・言語による

包括的コミュニケーションに基づいた新しいケア技法です。

今回トライしたのは、『 ケアを受ける人とケアする人が双方共、「良かった」と感じられる、満足いく時間を過ごすことで
初めてケアを通じ、幸せな関係が成立。』 です。

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今日仕事を5時で終わらせていただき、親の家へ立ち寄りました。

父が出迎えてくれて

「母ちゃんが夕ご飯をさっぱり食べねのー  」としょんぼり。

デラコ 「お父さん、消化って思いのほか体力使うらしいからね、食べたくないっていう時は無理しなくていいんだよ。脱水だけ気をつければ。 あっホットカーペットの電気は入れてダメって言ったでしょ。 また脱水になっちゃう。 絶対ダメ  」

父 「頭寒足温って言うべ

デラコ 「体温調節できなくなるから、ダメ

と、父には厳しく指導

デラコ 「帰ってきてそうそう、厳しくてすみません

父 「 いいんだ、それぐらいが薬だ」 と赦してもらえました。

午前中に母はヘルパーさんに車いすで連れられて、初めてお散歩に出たそうです。

セブンイレブンでお弁当を買ったらしいのですが、

買ったのに手をつけないと、父がぶーたれてました。

母が「 顔色悪い ?」 と聞いてきました。

いつもは、「顔色いいよ、ピンク 」とほめるのですが

今日はちょっと土気色っぽかったから、

変化球で 

デラコ 「悪いね 」と言いました。

ご飯を食べたくないと言うので、 

デラコ 「食欲ない時もあるよねぇ。 いいのいいの。そういう時もあるの。」と背中を撫でて上げました。

そしたら、「ありがとう。 そう言ってもらうとホッとした」と母。

せっかくだから、母が買ってきた弁当をレンジでチンして、一口食べてみました。

モノはね、 『ガーリックチキン弁当』

味見してみたら、パンチが効いてて美味しい! 

デラコ 「お父さん、ほんでビールもらうべがな 」 とおねだりしたら、

いそいそとサントリーモルツの500ミリを持ってきてくれました。

小皿を取りにいって、父と私にご飯を分けていたら、

母が 「 んで、ちょっともらうがな?」 と言うではないですか! 

デラコ 「え、お母さん食べんの?」って聞いたらうなづきました。

デラコ 「あー 食べてくれると嬉しい皆で食べると美味しいねー。 あービール進んじゃう。お父さん、ちいさいのもう一個 」と

350ミリを開けてしまいました。 ふふふ。 

そんな感じで和やかに食べたり、吞んだりしていたら、

母が元気になってきました

母 「肩を揉んでやっから(あげるから)」と言うので、

デラコ 「んで、やってもらうべ (じゃあ、やってもらいましょう)」

と、退院して初めて、肩をもんでもらいましたよ!
 



デラコ 「あー うまいなぁ。 気持ちいいなぁ」と喜んでいたら、

母 「ほめられっと嬉しい。」と喜んでいました。

デラコ 「お父さん、たまにやってもらわい (やってもらいなよ)」と声をかけたら

父 「俺はもんでもらうの好ぎでないんだ」 と抵抗しつつ




父 「なんとー 気持ちいいこと~ 」と泣いてしまいました。




その後、気持ち良くなって布団に横たわったから、
寝て良いよって言って、母をベットに寝せました。

そしたら、

父 「ありがとなー 母ちゃん」と手を握ってました。 

ラブラブね 

電気を消して、戸締りをして帰ろうとしたら、



玄関まで送ってくれました。




実は昨日、母は37度9分まで熱が上がり、体調がめちゃくちゃ悪かったんです。

夕方は平熱に戻り、夕ご飯を一緒に食べられました。

体調に波はあります。

一喜一憂せずに、

笑顔で、ありのままを認め、

優しい声掛けをし続ける。

すると母に食欲が戻ってきて、

機嫌も良くなり、笑顔になりました。

肩を揉んでもらうことで、

「貢献できる」と言う事を思い出してもらう。

そういう機会を作ることも

大切だと思います。

父と共に実践しているユマニチュード。

よろしければ、こちらの記事もご参考にしてみてくださいね。

「父の新たな挑戦 : ユマニチュードとの出会い」

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『 在宅介護からの学び 』

母が退院して一週間が経ちました。

両親が上京してきてから5年間、今まで母の介護は父が中心にやっていましたが、入院生活で病状は回復したけれども、弱った母の筋力、体力をサポートする為に仕事を休ませていただき、7月は思いがけず介護に集中することになりました。

目の前で衰弱する母を父一人で食事、補水、清拭(身体を拭いてあげたり、陰部を清潔にすること)をするのは、無理があると判断したからです。

退院してきた日は、自力歩行が出来て、トイレにも自分で行けました。

入院当初、もしかすると寝たきりになってしまうのかもしれないと頭を過りました。

自分で
食事が出来る、
トイレに行ける、
お風呂に入れる。

この三つが出来るって、後期高齢者にとっては結構ハードルが高いのかもしれません。

食事に関しては、起き上がる気持ちになるまで無理強いせず、
しかし、導く声掛けを心がける。

トイレに関しては、歩行する気になっている時は見守る。 

お風呂に関しては、父に先に入っていてもらって母が脱ぐのを見守り、二人がかりで入浴に成功しました。

これって、おそらく子育てで皆さん経験されているのだと思います。

存在そのものを
愛を持って観て、見守り、支える。

私は介護を通して、無条件の愛というものを学ばせてもらってるんだなぁと

心にゆとりがある時に感じました。

① 心にゆとりがない時の整え方。

心にゆとりがない時もあります。

ありますとも・・・

人間だもの 

そんな時は、自分で自分をカウンセリングします。

カウンセラーってね、自分の悩みを内省して、

克服しないと、カウンセリングしてはいけないという掟があります。

ただ、そう習ったからといって、実践できるかどうかは分かりません。

なので、今回せっかくの機会だから

自分自身の不安な気持ち、 イラついた気持ち、 優しくできない気持ちに

寄り添ってみました。 

マイナスの思考のループに入る時もあります。

そんな時に、思考を敢えて止めずに、そのままマイナスのストーリーを吐き出させます。

で、吐きだした後に

「そんな風に考えたんだね。 考えていいのよ。 そう感じたんだから。」って

自分に許可をだします。

すると、心が自然とマイナスからニュートラルに近づいてきます。

② 介護の仕方の学び方。

今まで普通に会社員をしてきて、会社を辞めた後にカウンセリングの勉強を通じて、介護とはとか、介護中の心の機微を授業で学んで来ましたが、実際にどう下の世話をしたらいいか?とか、私は全く知りませんでした。

たまたま、訪問看護師さんを予約した前の日に私は両親の家に泊まりました。

その夜母は「便が出たい。苦しい」と、トイレに一時間おきに行きました。

父が数えており、朝まで7回も行ったそうです。

しかし、トイレまで行くけれども出ない。

それを繰り返し、父は「ノイローゼになりそうだ。」と疲れ切った顔でいっていました。

そんな父に

「トイレまで7回も自力で行く脚力があるのは、素晴らしい回復だよね。自然と歩く練習ができたね。」

「トイレでやりたいという気持ちがあるという事は、人としての尊厳が保たれていて、素晴らしいことなんじゃないの?」

と慰めました。

「そんな考え方もあるか・・・ 言われてみればそうだな・・・ 」と

しぶしぶ同意する父。

訪問看護の方に来ていただき、便が出そうで出なくて苦しんでいる旨を伝え、浣腸していただきました。


ベットにゴミ袋の35リットルのビニール袋、新聞紙をひき、そこにバスタオルをひいて、

おむつで吸収できるように浣腸をしていました。 ついでにお腹のマッサージもしてくれました。

そしたら入口に固いのが邪魔していた様です。 看護師さんは本当に天使ですね


「新聞をしいて、ペットボトルにぬるま湯を用意してください。」と言われ、

「ペットボトルに取り付けるジョーロがあるんです。」と伝えたら、「これは良いですね!便利!」と褒められました


そんな感じで、どの様にすればいいかを観察した私に、今日実践の機会がやってまいりました。

やれば出来る 


観察していて良かった  


自分に出来るのか? 

知らないと不安です。

しかし、備えあれば憂いなしと言います。

知識を仕入れておいたら、

目の前の大切な人が苦しんでいたら、 

本能的に助ける機能が動いたのです。

意外と手際良くやれました(*^^*)


震災に続き、新たな自分に出会えた気がします。

在宅介護の経験を通して、自分の底力を感じました。

逆境から活路を見いだせるものですね。











『 知らなきゃ困る!?介護タクシー 』

7月20日に病院に行き、母の病室に着いたら備えておいた平服に着替えていました。
シャバに戻る準備はバッチリ。

母の体調を確認し、前日に担当の先生と相談した通り退院することにしました。

そしたらば、ピンチが起こりました。

ケアマネさんに聞いていた介護タクシーを予約しようと、控えた介護タクシー協会のフリーダイヤルに電話をした時の事です。


デラコ 「K病院から退院するので、予約をお願いしたいのですが」

担当者 「退院日時はいつですか」

デラコ 「今日の13時くらいはいかがでしょうか?」

担当者 「介護タクシーは事前予約制です。車があるとは限りません。 ツーツーツーツー。」

デラコ 「え?」

いきなり電話が切れました

「知らない事は罪である」かのような応対で許される組織って何なの?と憤りとしました

病院の玄関にタクシーはいたりいなかったり。車椅子生活10日の母を普通のタクシーに乗せて大丈夫か… と不安でした 

ケアサービスの会社に電話をしてみたら、担当のケアマネさんがお昼で不在 

応対して下さった方に、介護タクシー協会に断られてしまいどうしましょう ?と伝えたら、「にじいろタクシーさんと言う凄く親切な方の番号をお伝えします。もしも忙しかったら、お知り合いの方を紹介してくれるような方だから電話してみてください。」と教えていただきました。 

早速電話をしてみました。

デラコ 「にじいろタクシーさんですか? すみません、今日K病院から退院するのですが、介護タクシー協会に連絡をしたら断られてしまって・・・」

にじいろタクシーさん「あー そうでしたかー。 うーん・・そうなんですよね。事前に予約がいるんです。うーんちなみに何時ぐらいに来てほしいですか? もしよかったら調整して折り返しますよ。」

デラコ 「午後には退院できるので、待機します。助かります。ありがとうございます!」と切りました。

そしたら、14時半でしたら伺えますとのこと。

不安だった心が優しい言葉で緩み、泣きそうになりました  

介護タクシーを予約出来た旨を担当の看護師さんに伝えました。

巨大病院の建物に不慣れだった父が、

父 「俺会計に行ってくる。」

デラコ 「一人で大丈夫?」

父 「行けると思う。」

と、隣の棟の一階の総合受付まで、ちょっとした冒険に行きました。

タクシーが来るまで2時間以上あったけれど、

西館3階の携帯電話エリアに散策にいったり、看護士さんにサポートしていただき、トイレトレーニングをしながら待ちました。

写真は携帯電話エリアコーナー。 ここからの眺めを気に入っておりました。



にじいろタクシーさんの山縣さんは、介護福祉士さん。 お会いしただけで人を安心させる癒しオーラをまとってらっしゃいました


車いすで病室まで迎えに来てくれて、無事車いすを乗り換えて、看護師さんにご挨拶をして、退院の時を迎えました。





にじいろタクシーさんが温かく出迎えてくれたお陰で、私たち家族の緊張もほぐれました。

にじいろタクシーさん「ベットまで送らなくて大丈夫ですか?」

デラコ 「ちょっとトライさせてみていいですか?」

母 「大丈夫」

と、車いすを降りて、手すりにつかまり、父に支えられながらソファーへと自分の足で歩いて行きました。



父とビールで乾杯していたら、 「私にも一口」と母が珍しく自分からビールをねだりました。



幸せは日常生活の中にあって、 

そこに気づくか気づかないかの、ちょっとした差。

病気や入院というものは、 その在り難さを気づく為にあるのかもしれませんね。


介護タクシー 利用時のルールのサイトをみつけました。 私が掟破りだったようです 

介護タクシー協会 [ リンクはこちら ]
ネット予約もできます。 0120-094-113 (憶え方は”タクシー いいさ” らしいです。) 

利用対象者は要介護1以上。

介護タクシー利用時の流れ(緊急時は?)



今回お世話になったにじいろ介護タクシーさんのリンク  [ こちら ] (山縣さんに写真とブログ掲載の件はご了承いただいております。)

たまたま当日直ぐに利用できたのは稀なのだと思います。よい方をご紹介いただき良かった。 


ご参考になれば幸いです。

『 退院の決意」

母の血液検査の結果、数値的に腎臓の数値、肝臓の数値、炎症反応が治まってきたようで、連休明けの具合を見て退院できるかもしれないと、週末に腎臓内科担当のO先生に言われました。

入院して10日間、車いす生活で歩けるのか心配だったので、こちらの希望としては、退院後に私と父でトイレ介助等をする前に、一度歩行訓練等のリハビリをお願いしたいと思っていたのですが・・・

入院先の病院はリハビリ科はあるけれど、交通事故や脳梗塞で入院した方向けであり、母の様な脱水で経過が良好の方の場合、リハビリ専門の病院に転院となるけれど、入院が長引くよりも、自宅でケアした方が本人の負担は少ないのではないか?と思うので、退院の日程を考えてみてくださいと言われました。

私は普段一緒に住んでいないのと、そんなに力がある方ではなく、トイレまで母を連れて行く場合のコツみたいなのが分からない状態で家に連れ戻したら、寝たきりになりそうで不安を抱えていました。それは長兄も同じ。

ただ、父は同室の、尿を出す管をしている状況だけれど「先生おしっこー」と叫び続けるおばあちゃんと、痰がゴボゴボして苦しそうに「お願いします」と言い続けるおじいちゃんの声が耐えられないそうで、「一日も早く退院しないと俺が気が狂いそうになる・・・」とゴネていました。 

デラコ 「でもさ、今の状況で連れて帰ったらさ、歩けないよね? 手を持って歩くぐらいまで回復させたいよね?」

父 「おれはもう歩けないんじゃないかと思っている。」

と、親子間で見解の相違があり、全然折り合いがつきませんでした。

デラコ 「取りあえず訪問看護の方とケアマネージャーさんに相談してみるよ。サポート体制整えてからにしよう。」

と、電話をかけにいきました。

ケアマネージャーさん曰く、 訪問看護の料金はヘルパーさんの倍だから、訪問看護を週2回にして、ヘルパーさんを週3回いれてみてはどうですか?とのこと。 定期的に他者が介在する事で、父が苦手だった脱水を防いだり、夏物の衣服を選んでちゃんと着せたり、社会との関わりを持てるから、それもいいかなーと思い始めました。一旦電話を切り、最短で来週の火曜日からスタートで火、水、木で対応できる業者さんを見つけてもらいました。

訪問看護は月曜日と金曜日。それならば、週末に退院がいいかなぁと悩みました。

父に週末退院でどう?と言ったら、「お前はさっき明日位退院って言ってたのに、なんでそんなこと言うんだ?」

デラコ 「だって、私たち素人が歩けない人預かるより、少し歩行訓練がいるでしょ?」と言ったら、

父 「帰っていいって言われたんだったら、俺は連れて帰って面倒がみたい。」と言うではないか。

まあ、それはそれとして気持ちを汲みたい。 しかし、10日間も歩いていない母を自宅に連れて帰って、はたして私と父で出来るのだろうか?

私が心配だったのは、寝たきりになった場合のトイレ介助でした。

一応電導ベットを導入し、家具調のポータブルトイレも設置してあるけれど、そこまで移動できるのか?

万が一倒れて骨折でもしたら・・・ 等々、退院について父ほど前向きではありませんでした。

あまり長く入院させることは、本人にとっても父にとっても良くない。

悩みつつ、担当の看護士さんに

デラコ 「退院に際して、母が歩けるか心配なのですが、トイレに行くついでに歩行訓練とかは可能なのでしょうか?」と訊いてみたら・・・

看護士さん 「あっ、そうですね。今まで要介護だったので車椅子でしたが、よかったら私夕方やりますよ。」と言って下さったのです!

訪問看護団体の所長さんに電話して、血液検査に問題がない旨、リハビリ科はあるけれど、リハビリはしてくれない。私的には退院してきた時に、どういう風に介助するのが良いか、自宅で一度教えてもらいたい。と伝えたら、

訪問看護の方々は退院当日はケア出来ないという掟があると聴きました。

所長さん 「今問題なのはトイレまでの歩行がまだ出来ていない状態での退院ですよね。トイレまで歩けないとなると、寝たきりで毎回おむつ交換になる可能性があります。介助して歩けるぐらいまでやってくれないものなのだろうか・・・ ちょっと担当のナースの方に様子を聴いてみます。」と、私の代わりに電話をしてくれたのです   やさしい。

そしたら、なんっと! 看護師さん曰く、トイレまで歩けたそうなのです!

そしてかつ、失禁もない。

母の生きる力と大人の尊厳を守りたい意志が残っていることに感動しました。

となると・・・ 最短でいつからだったら、サポートできますか?と聞いてみたら、木曜日に理学療法士さんが入ってるので、

思い切って明日水曜日に退院してもらうことにしました☆

病院にお見舞いにいったら、背中が痛い痛いというのでさすってあげて、

もうすぐ夕飯だから起きてトイレに行かない?と聞いてみたら、その気に♫ 

担当のUさんに、トイレに行きたいみたいなので歩行訓練してみていいですか?というと

優しく付き添ってくれました。

そしたら、なんと20メートルぐらいの廊下を伝え歩きで往復あるけたのです!!


その後ベッドには戻らず、入院して初めて普通の椅子に座って夕飯をいただきました。 父ご機嫌さん。




もうお腹いっぱいだと言ったあとで、がんばって野菜を食べてくれました。




俺と一緒に病室に戻ろうと、母の手を引く父。


こんな風に歩ける日が、こんなに早く来るとは・・・

感激しながら吞む、今夜のビールは格別でした♪


今回伝えたかったこと。

① 退院日時は家族が決めることになるケースがあります。 事前に介護プランを地域包括経由のケアマネージャーさんと話せる関係づくりをしましょう。

② 退院を決める見立て。

リハビリをする際は、どの程度まで回復させたいというある程度の可能の範囲の目標を家族が決めて、医師と合意形成を結ぶ必要があります。 親の人生や自分の今後の暮らしに影響が出る決断は責任重いし、プレッシャーです。一人で決められない時に、相談できるケアスタッフがいると心強いです。 介護がまだの方も、ご両親の担当地区は把握しておくと何かの時に安心です。


③ 退院の当日は訪問看護の方はサポートできない。

家族として、介護の知識、弱った時の介助等々、日頃から考えたり、テレビのドキュメント等から学んでおくことも大事かもしれません。退院後の食事とかも気を配る必要があります。私も高齢者向けの消化の良いレシピとか、勉強せねばです。


④ 回復力を信じる。 人が自分の力で立って、歩いて、トイレに行くということは本当に重要なことなんだなぁと改めて気づきました。そのモチベーションの維持は高齢になると危うくなります。 家族の導きの声掛けは大事だなと改めて思いました。



『 食事を促す、受容の声掛け』

昨日のブログに回復しましたと書き、

夕方に再度見舞うと、

母がぐったりしていました。

「御飯の時間だから起きて」と言えども

目を閉じて、まだ良いからと動かない。

食べないとまずいなぁと思い、
看護婦さんに来ていただき、2人がかりでベッドの上に引き上げてもらい、ベッドに角度をつけて無理やり食べる体制に

昼間とうって変わった様子に、退院後を想うと固まる父とわたし (T . T)

無理やりは良くないから、優しく問いかけてみました。

デラコ 「お母さん、食べたくないの」

母 「食べたくない」

デラコ 「あら、そう。」

しばらくして、

デラコ 「一口だけ食べてみない?」

と聞いてみたら、頷きました。


すかさずスプーンでお粥を少し入れました。

デラコ 「もう少しどう? 野菜美味しそう」

頷く母。

野菜の沢山入ったお汁を味見してみたら、美味しかったから、

デラコ 「お母さん、美味しいよ。食べる?」と聞いてスプーンで飲ませたら、美味しいと呑んでくれました。


デラコ 「じゃあ左手で持ってみる?」と訊くと、持って食べてくれたのです。

そんな感じに、本人のリズムで半分弱食べてくれました(*^^*)


「ああ~ 安心したよ、お母さん。薬のむ?」と聞いたらウンと頷き、服薬も成功。

家に帰って、バジルパスタと生ハムサラダにオーガニックワインで父をおもてなししました。

父 「はあ~ 美和、うんまいごど」と喜んでくれました。

非日常で疲れた心に、潤いは必要ですね(*^^*)



翌日見舞うと、エレベーターを降りたら母の声がしました。

ベッドにおらず、デイルームにいました。

車椅子に乗ったお仲間と一緒にいました。

お仲間がトイレに行きたい、お腹がいたいと言うので、ナースを呼びに行きました。

ナース 「 〇〇さん、どうしたの?」

〇〇さん 「トイレに行きたいの 。」

ナース 「おしっこの管入ってるよ。」

〇〇さんが黙りましたので、

デラコ 「お腹が痛いとおっしゃってました。」と伝えたら、連れて行ってもらえました。


トイレに行きたいと言うのは、忙しそうなナースさんに伝えるのは憚れる人もいれば、叫び続ける人もいる。ナースさん達の忍耐力は本当凄いです


売店で新聞を購入し、両親に渡しました。

母 「日本は世界の中で悪くないよね? 狙われるホトケって何だ?」

デラコ 「 お母さん、それはフランス (T . T) 」



そんなことを言いながら、日常会話をする。

母は、「ここの環境はいい。子供やお父さんに見舞われながら平和で、幸せだと思う。」と、ご機嫌です。

穏やかな時間は穏やかな声掛けが生みますね。


今回伝えたかったこと。


起きたくないと言う時は、少し見守ること。

提案する声掛けをして、本人に選んでもらうこと。

うまくできた、協力してくれた時は、感謝を伝えたり、ほめる!


そして、笑顔が大事ですね (*^^*)





『 回復しています! 』

母が入院して一週間。

部屋に行ったらもぬけの殻 σ^_^;

付近を見回したら、ナースステーションで車椅子に乗っておしゃべりしておりました(*^^*)

お昼の時間だから、面会用のデイルームに移動して食べるのを見ていたら、

「あんだも食べらい」と食べてくれず、父がイライラし始めました。

「それはあんだので、食べてだめなやつなんだ」と力説する父と納得しない母。





売店に行ってお弁当を買って一緒に食べたら、少し食べてくれました。


母に食べさせた残りを、「もったいない」と食べちゃう父。





同じ病室の方が「先生、痛いよ~ おしっこ行きたい 」と叫び続けるから、携帯をかける部屋に移動。




気仙沼にいる母の妹と、仙台に住む母の親友に電話をかけて話してもらいました。


お国言葉での久しぶりのおしゃべり

笑い声をあげながら

「幸せだ」と言っております。

『 退院延期への複雑な気持ち 』

今回のブログは、ちょっと自分と向き合い感じた胸の内を書きたいと思います。

入院3日目に、母が思いがけず元気になり、担当が内科から腎臓内科に変わる事になるという事で、病棟を南館8階から西館の3階に移動しました。

担当の先生より、「入院が長引くと筋力が低下して在宅介護が大変になるかもしれないから、脱水症状が落ち着いたら退院で大丈夫だと思います。 水曜日に検査をします。早ければその日の午後ぐらいに退院できるかもしれません。」と言われ、

母の回復の速さに父と安堵しつつ、 在宅時の介護が自分に勤まるか・・・若干不安でした。

月曜まで点滴のみの絶食。 老人の脱水症状が点滴でこんなに回復するものなのか!とびっくりしました。

月曜日の夕飯から、食事を復活。


野菜中心で、鶏肉やお魚といったヘルシーな食事です。手の甲の点滴の跡が痛々しいです。夜中に外して流血騒ぎがあったから、終盤は足に点滴をして包帯でグルグル巻に固定されていました。 


水曜日に見舞うと、点滴は外れていました。

デラコ 「お母さん、点滴外れてよかったね! 調子はどうだ?」といったら

母は 「ちょっとだるい」と言ってグッタリしていました。

担当の先生が病室に来てくれて、血液検査の結果、クレアニチンの数値が2.1から1.4に下がっていましたが、血液の炎症を示すCRPの数値が2を超えていていた為、退院を延期して落ち着くまで様子をみましょうということになりました。

プロによる栄養、体調面のケアによる完全看護は、私と父という素人のケアに比べると夏場は安心・安全だと思います。

ほっとする反面、 筋力の衰えが心配でもあります。 

病室の移動は車いす。 一日中寝たきりに近い暮らしです。

そして気がかりがもう一つ・・・・

母の病室は、ナースセンターの直ぐ前。 いつでも駆けつけてくれる場所なのですが、重篤の患者さんが3名。

全員認知症が進んでいます。

お隣は男性で、痰を機械で取らないとならない病状。

始終のどがゴボゴボとなっていて、 ナースコールを頻繁にかけて、呼ぶんだけれども

痰を取る作業が苦しいみたいで、「やめてください。 痛いよー」とおっしゃる。

向かいのご婦人二名は、起きている時は叫ぶタイプ。

「痛いよー先生。 たすけてー」口癖のようで、叫び続けるけれど、いちいち対応も難しいのかな。

時々は、「どうしたの?」と診てくれるけれど、 放置の状態が長めなのです。

それを聴いていると、切なくなってきます。

父は「俺は頭がおかしくなりそうだ。  」と初日に言っておりました。

おにぎりや、サンドイッチを買って渡しても、絶対に病室で食べてくれません・・・

繊細なのですね 

こりゃまずいと思っていたら、気がまぎれるようにラジオを持ってきて自衛していました。意外と順応性があります。

母は、意に返さない様子で反応はするのですが、全く文句を言いません。

その大らかさに安心と尊敬を感じます。

見舞い後、自宅に父とタクシーで帰宅した時に、

「お父さん、うちのお母さんの(認知症の)症状は軽い方でしょう。 要介護2だけど意思疎通も普通にはかれるでしょう。症状が進まないように、一緒にがんばろうね。」と励ましながら、酒を酌み交わしました。

父は、「そうだな。そうかもしれないな、美和。 ありがとう。」とうなずいていました。

彼らと同じ部屋になったことで、
うちの母はまだ軽い方で、自分達で対応できるかもしれないという、


前向きな気持ちが芽生えたのでした。

My life as a dog. という映画をご存知でしょうか? 

人工衛星に乗せられて地球最初の宇宙旅行生物になったライカ犬の運命を思えば、兄エリク(マンフレド・セルナル)にいじめられても、彼の不器用なドジをママ(アンキ・リデン)が嘆き悲しんでも、南洋の海からパパが帰ってこなくても、ちっとも不幸な事ではない。

「人工衛星に乗せられて死んでいったライカ犬より、僕の人生のほうがまだ幸せだ」という少年の心の想い。

そんな主人公の心情と、自分の今が重なりました。 

私は昔、


教員で厳しい両親に、 もっとゆるい家庭で育ちたかったとか、

公務員だから贅沢も出来ず、 もっとお金持ちの家に生まれたかったと

無い物ねだりばかりしていました。 

条件付けで親を観ていたのでしょう 

しかし、上京して独立して親のありがたみを知り、

東日本大震災で壊滅状態の地元から、九死に一生を得た両親と東京で再会出来てから、

生きてくれているだけで良いんだと思えるようになってきました。

まあ、時々はイラッと来たり 

出来ていたことが出来なくなって、切なくなったりはするけれど 

父がいてくれるからこそ、 私も好きに暮らせています。

写真は食事が済み、薬を飲ませてくれている所。 
胸のシールはお見舞い家族用。毎日色が変わります。

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愛を持ってみて、 笑顔で接し、彼らのリズムに合わせて暮らすことが

徐々に、徐々に、出来るようになってきている

自分の成長も見守りながら、 気を張り過ぎずに

あせらず、のんびりと、入院生活を支えるとしますかね 







『 母が入院して 』

母が救急車で運ばれた、7月9日の東京はどしゃぶりでした。



救急隊にK病院に搬送され、私と父は外の廊下で待機。

お隣には80代後半ぐらいのご婦人が、便秘がひどくて出ないということで、いらっしゃっていました。どうやらお一人暮らしのようです。もの凄く受け答えがはっきりして、言葉遣いも丁寧な方。

結構長い時間お隣でご一緒したので、暇だったし便秘のツボをスマホで検索して、「さっき便秘で大変とおっしゃっていたので、ツボをお教えして良いですか。」と声をかけ、万能のツボ”合谷”をお伝えしました。

ご婦人 「あら、勉強されていらっしゃるの?」

デラコ 「はい、少し」 (ただの健康おたくとは言えず )

ご婦人 「坐骨神経痛はどこが良いかしら?」 と訊かれたタイミングで、ご婦人は看護士さんに連れられて行きました。

帰って来たご婦人に、「坐骨神経のツボを調べましたよ」と、

第一腰腿点(だいいちようたいてん)手の甲の人差し指と中指の骨の間で手首に向かうと骨にぶつかる部分と

第二腰腿点(だいにようたいてん)手の甲の中指と薬指の骨の間で手首に向かうと骨にぶつかる部分を教えたら、すごくうれしそうでした。

きっと今後の待ち時間にモミモミすることでしょう 
そんな風に過ごしていたら、看護士さんが現れました。

「お母様が到着した途端にもよおされて・・・・」と、ビニールに入った搬送に使ったタオルケットと、パジャマを渡されました。

前の晩から出ていなかったから、それを聞いて私は安心しました。

そして、「よし、昨日仕込んだ介護用ビニール手袋であらおう!」 と気合を入れました 

マスクも準備していたので、やっと介護ぽい任務が舞い込んできました 

その後、母はストレッチャーでレントゲン、腹部エコー検査をして、8階の病室へと運ばれました。

父と私は待合室で待っていて、数分後に病室へと案内されました。

すると母は、鼻に酸素、腕に点滴、胸には赤、黄色、緑の心電図モニター。 見るからに重篤な患者でした 

看護士さんに、「テープで止めるおむつと、尿とりパッド、ボディーソープ、シャンプーリンスを持ってきてほしいのです。」と言われ、一旦洗濯と買い物をしに家に帰ることに。

私は手袋とマスクを装着して、ビニール袋に入った母のパジャマの下と、タオルケットを拡げ、アタックのスプレー洗剤を武器に汚れを探しました。

そしたら、ほんのちょっとしか汚れていませんでした。オムツと尿とりパッドを取る際に看護士さん達の手際が良かったのでしょう。

汚れに、スプレーをしてもみ洗いをして、洗濯機にぶちこみました。

余裕のよっちゃんでした

病院は駅から遠いため、 目黒駅行きのバスに乗り、途中下車して薬局で依頼されたものを仕入れ、タクシーでK病院に行きました。

父は私の土地勘の良さと「あー 美和がいてくれてありがたい。」と褒めてくれました

部屋に着いたら、母はグーグー寝息を立ててぐっすりと眠っていました。 


その姿を見て父は、「はぁ・・・俺の介護が悪いからこんなに重症にさせてしまったなぁ。いつかこんな日がくると思っていたんだ・・・」と、

超悲観モード  

かたや、わたくし
「お~ ぐっすり寝むっていて良かった。 きっと出るものが出てスッキリして、ほっとしているに違いない。良いことだ!」


と、同じ状態を同じ場所で見ているにも関わらず、全く真逆なのでした!

哀しい顔で母を見つめる父に、
「お父さんは介護を本当に頑張っていたし、お母さんも今まで良くも家で頑張って暮らしてたと思うよ。

でもね、都会の夏はね、健康な人でも体調を崩すんだよ。 だからね、今回はしょうがないの。 見でみらい(みてみなさい)、安心してぐっすりねでってば(寝ているよ)。 苦しい苦しいって眠れないんでないんだもの。 大丈夫。 安心しらい(安心してね)」と慰めて、諭しました。


訪問看護の所長Sさんに電話して、病状と先生の見立てを伝えて、「土曜日の朝に立ち寄っていただき本当に助かりました。」とお礼を伝えたら、

「いやー 娘さんが泊まって下さって本当にこちらこそ助かりました。 すごく手際が良かったし、かかりつけの先生と、救急隊への説明もばっちりでした。さすがです。」とほめられました~ ♪

「私も時間がある時に様子見に行きます。」と言ってくれました。 やさしーーーー 

夕方には、15時に往診に来てくれるはずだった主治医の先生が息子ちゃん二人連れで現れ、

「大丈夫かい?」と見舞ってくれました 

そんな親切な皆様がサポートしてくださるから、 両親は都会で暮らせているのだと思います。


翌日、兄と一緒にお見舞いに行ったら、母が点滴を抜いちゃったみたいで、流血騒ぎになっていました 

その時着ていたパジャマは我が家から着て行った物。 またまたビニール袋に入って返されました。

持参していた「おとなの体ふき」という濡れティッシュで、母の手についた血をふいてあげました。

鼻にいれた酸素も、 心音をチェックするセンサーも、なんだか理解できないから、夜中に取ったらしい。

「嫌だったんだねぇ。しょうがないねぇ」と慰めたら、頷いていました。

母を見た兄は、「これはさ、長丁場になるな。 9月ぐらいまでいさせてもらえたらいいんじゃねーの?」と悲観的なんだか、前向きなんだかの予測を立てていました。

父は「もっとだと思う・・・ あーとうとうこういう日が来たんだな」とまたしてもブルー。

職場を休ませていただき、月曜日に病室に尋ねたら、母がいませんでした。



あれ!? どこいっちゃったんだろう? と思ったら、車いすに乗せられて手を振りながら帰ってきました。

デラコ 「あれっ お母さん大丈夫なの!?」 というと、
母 「うんっ、大丈夫。 気分がいい。」と言うではないですか!

看護士さん曰く、急に元気になり、尿のくだが外れ、トイレに行きたいというから連れて行ってくれたとのこと。

脱水症状の後で点滴を入れると、急回復する時があるらしい。

看護士さん 「リハビリパンツってお持ちですか? 」
デラコ 「はい、自宅にあります。」
看護士さん 「トイレを自分で行ってもらうには、上げ下げが出来た方がいいので、今度持ってきてください。」とのこと。
そんなこんなで、父と兄の予想に反して、 もしかすると明日にも退院できるかもしれません。

土曜日に救急車で運ばれ、二日間点滴絶食後に、月曜日の夜からご飯を食べられるようになりました!

母の生命力にびっくり 


今回伝えたかったこと。

① 老人の入院時に必要なもの。
テープ式のおむつ、尿取ぱっど、シャンプーリンス、ボディーソープ、歯ブラシセット(入れ歯洗ったり)。入れ歯ケース。
うちはレンタルを利用しましたが、人によってはパジャマや下着。経過により、リハビリパンツ。

② 治ると信じること。笑顔で接し、優しい声掛けをする。

笑顔はセロトニンが分泌され、安眠・免疫アップの効果があります。入院中のご家族と自分の免疫を笑顔であげましょう。

③ 暇つぶしに手のツボを知っておくのも良いかも! 会話がうまれます。

『 救急車を呼ぶことに 』

前回のブログの続きです。

朝起きて母に、「トイレは大丈夫?」と訊くと

「ん、大丈夫。」と言われました。

うちの母は夜中に毎日起きてトイレに行く人だと思っていて、下の世話をする覚悟を決めていました。しかし、気を使ったのかなぁ・・・

7月9日訪問看護の所長さんが8時半に来て下さることになっておりました。

通常うちの母の訪問看護の利用日は平日三回だったと記憶していたので父に訊いてみたら、最近調子悪いから立ち寄ってくださるという任意の訪問だったようです。

朝起きて、母に声かけをしてみました。 母はだいたいマッサージをしてあげると機嫌が良くなるので、あおむけに寝ている肩をさすってみました。

そしたら、なんとなく熱かったのです 全身を触ってみたら、右足はあたたかく、左足が冷たい。ちょっとやばい感じがしました。

「お母さん、ちょっと熱いね。 熱計ろうか」と体温を測ったら78.1分でした。

脱水状態かもしれないと思って、前の晩に仕込んでおいた経口保水液を水差しで呑ませました。(高齢者家庭の方、買っておきましょう)

そうこうしている内に、訪問看護施設の所長のSさんがいらっしゃいました。

Sさん 「あら、娘さんも来てくださったのですね!朝早くからありがとうございます」

デラコ 「なんとなく気になって前の晩泊まりました。こちらこそありがとうございます。Sさん、ちょっと微熱があるので、経口保水液を吞ませて様子みてました。」

Sさん 「あら、そうなんですね! 了解です。さすがです!ありがとうございます。」

と、Sさんは血圧を測ってくれました。

デラコ 「Sさん、なんとなく左足が冷たくて、右足はあったかいんです。」と言うと、

Sさん 「確かにそうですね、左足の方が太いですね。 んーーーー血管が詰まってたりしていないといいんですけれど。脱水してるとそういうこともありえるので。あらっと身体熱いですね。お熱を測りますね。」と計ってみたら、38度2分に上がっていました

尿の出を聞かれ、尋ねたけれど大丈夫と言うんです。昨夜から出ていないかもしれないと伝え、リハビリパンツをみてもらったら、

Sさん 「うーん、綺麗。 いつから出てないですかね?」と父に訊いたら

もしかしたら、その日のお昼ぐらいから出ていないかも・・・という。

「んーこれは往診を待たないで、ちょっとK先生に相談した方がいいかもしれませんね。」とかかりつけのホームドクターに電話をしてくれました。

K先生 「もしかすると、脱水から心不全とかになっていると怖いんですけれども・・・紹介状を書くのでK病院に搬送してもらってください。」」

デラコ 「ありがとうございます。」

訪問看護のSさんが次のアポに向かわれるとのことで、不肖デラコが119番に連絡をしました。

119番の方 「救急ですか、火災ですか?」

デラコ 「救急です。」と住所と症状を伝え、搬送先を確保している旨を伝えました。

アパートの車止めに迎えにいき、母の様態を伝えながら部屋に向かいました。

救急隊の方は男性3名で、皆さんご親切にてきぱきと対応をしてくれました。

左足が冷たく、胸をたたいている事を伝えたら

「もしかすると心不全かもしれない。うーん心音に雑音が酸素!」と、吸入を開始ししました。

シーツのままの母を三人がかりでストレッチャーに乗せて運びました。

デラコ 「救急車は何人乗れますか?」と訊いてみたら、二人までOKとのことで

父と私で乗り込みました。

救急車に乗って実感したけれど、 「止まって、動いて」が多いです。運ばれている人にとっては負担がかかるかもしれません。

横断歩道を歩いて渡る人がいて進めなかったりして、「なんで譲らないの??」とちょっとイラっと来たりもしました。

救急車を見かけたら、スムーズに走れるように協力しましょうね 

家から10分ぐらいの救急病院に無事辿り着きました。 5年前上京したての母が体調を崩した事がある病院で、父も安心しました。


今回運が良かったこととして

訪問看護の所長さんがたまたま気になって往診してくれたこと。

たまたま、前にかかったことのある病院を紹介してくれたこと。

そして、たまたまなんとなく私が泊まったこと。で、対処が早く出来ました。

今回お伝えしたいこと。

① ご家族の温度(ぬくもり)を把握する。

時々マッサージをしてあげることで、なんとなく「熱い」とか、「冷え過ぎ」という事が分かります。それが命を救う事があるかもしれません。 さすったり、もんだりをして記憶しておきましょう。

② 高齢者の入院先の確保は難しい。

今回私はかかりつけのドクターが往診で来てくれることになっていたので電話で症状を伝え、病院をご紹介してもらえたのでスムーズに入院出来ました。しかし、高齢者の場合は症状によっては受け入れを嫌がられることもあるそうです。電話で相談できる病院も珍しいと思います。信頼できるホームドクターを自分の感性で選びましょう。

③ 救急車を見かけたら道をあける。

ちょっとの差が命に関わることがあります。 どうぞよろしくお願いします。!









『 母の不調に寄り添う 』

うちの両親は東日本大震災で実家が被災し、気仙沼市唐桑町の町民体育館の避難所に避難していた所に次兄が救出に向かい、その後で長兄の住む横浜に避難後、気仙沼と姉妹都市である目黒区の住民として暮らしています。

東京に住んで早5年。80歳になって都会での新生活は高齢な二人にとって過酷だったと思います。

母は今認知症で要介護2、父と二人暮らしですが、訪問看護の方の御協力を得ながら、長兄と私が交代でサポートしております。

先月から母の具合がよろしくなく、食欲が失せ、布団に寝てばかりいました。

7月1日は訪問看護の方から連絡がきて、「布団から起き上がるよりも、ベットから降りながら立つ方が身体への負担が軽減される。」とのことで介護ベットが入りました。

振り返ると、母のふらつきは6月頭にリリカという痛み止めの薬を25ミリから75ミリに増やした辺りからかもしれない・・・・と考え、

7月2日にかかりつけのメンタルクリニックに代理で行った際に、ふらつきがひどくなった点、冷や汗をよくかく点を伝え、薬の量を戻してほしいと伝えました。

薬剤師さんは私が一人できた為、「お母様の具合よくないの?」とおっしゃり、

「ふらつきがひどくて、今日は代わりに」と伝えた所、

高齢者は夏に脱水症状になりやすく、尿の量がへりやすく、かつ腎臓が悪い場合、腎臓排出型の薬は体内に残っちゃうことがあり、副作用とかの影響が出やすくなるとのこと。

うちの母は腎機能がイマイチで、最近クレアニチンの数値が悪化したこと、暑くないのにすごく汗をかくことを伝えたら

腎臓に負担のある薬と、自律神経(発汗)に影響が出るかもしれない薬を教えてもらい、かかりつけの腎臓内科の先生に相談することにしました。

7月3日も一日中寝ていたらしいけれど、マッサージをしてあげてから

ソファまで移動を手伝ってあげて、夕飯を一緒に食べれました。

トイレまで壁を伝っていく自力歩行を手伝ってあげて、ほぼ自力で行って帰って来れたのを褒めて、

「なるべく自分で行きたいでしょ?」と言うと、母は頷き

応援するからねと励まし、私は友人のお葬式参加の為に5日から7日まで宮崎に行きました。

すると、旅先にケアマネージャーさんから電話がかかってきました。

「お父さんがとてもじゃないけれど、お母さんトイレまで運べないから、いす型トイレをすぐに持ってきてくれといって聞かない」という相談でした。

3日の様子だと、トイレまで一人で運ぶの大変だろうなと思い、

これまでは導入を反対していた「いす型トイレ」を持ってきてもらう事で手配しました。

父はプラスチックの安い簡易性ので良いと言ったらしいのですが、一度介護保険で買うと、買い替えが出来ないそうです。

安いのだと転倒して大腿骨骨折をするご老人もいるそうなので、「良いやつにしてください。父を説得します。」と伝え、父に電話をし、納得してもらいました。

そんなこんなで、父が一人で大変な想いをしていそうだったから、8日の夜に泊まることにしました。

実際に泊まってみて、母の介護がどのぐらい大変か観察・体験してみようと思ったのです。

親の住む場所は私の自宅から2キロぐらいで、実は泊まった事がありませんでした。

夜に自由が丘で介護の際に必要そうなものを買わねばと思って歩いていたら、

ケアマネージャーさんから電話がありました。業務外の時間で携帯からでした。

「先ほどお電話いただいたから、ご連絡したのですが」と言われビックリ。

私からかけていないのです・・・。

何かの誤操作でかかったようです。

せっかくの機会なので、最近の両親の様子を聴いてみたら、父の介護能力が若干怪しいと知りました。

肚をくくり、トイレ介助とかも手伝わねばなと思い、おむつの変え方を聞いてみたら、

今使っているリハビリパンツは手でやぶれるので、立って脱がせる必要はない旨、陰部を洗ってあげるときペットボトルにぬるま湯を入れて流すといちいちシャワーで洗わなくてもどうにかできること。

かかりつけのドクターが10日の3時に往診予定で、脱水等の場合は入院するかもしれないと伝えたら、

「御父様だけでの介護スキルは現状厳しいから、入院で様子見て、その後でリハビリ病院に転院するのもいいかもしれませんよ。」と教えてもらいました。そろそろサポートを強化する時期になってきたようです。

私は若干旅の疲れが出て泊まるか否か逡巡していたのですが、肚をくくって父に泊まりに行く旨を電話し、100均や薬局を周り、
大人のからだふき、ペットボトルにつけるとジョーロになるもの、キッチンペーパー、バスタオル、トイレその後にスプレー等々、
トイレ介護に必要なアイテムをそろえました。

父の家に10時前ぐらいに着くと、布団が引いてあり

「早めに寝てくれ」と言われました。

「そんな早くに眠れないよー」とリビングでスマホをみたりしていましたが、

旅の疲れをいやす為に早く寝るのもいいなぁと、布団に横になりました。

母は夜中に胸をかいたり、たたいたりしていて、

「大丈夫?」と問いかけると、「痛痒い」と言っていたのでさすってあげました。

トイレは大丈夫?ときくと、「大丈夫」と応えたので寝ました。

父は父で緊張からかひゃっくりが止まらず、

夜中にトイレに起きたついでに、私も目が覚め、

「大丈夫?」ときいたら、

「なんかちょっと吐いた。」と言うではないか!?

両親共に不調の中、 どこでも寝れる私はいつのまにか寝落ちしました。

たくましいね


今回伝えたかったこと

① 家族の健康状態を把握しましょう。
どこに疾患があるか。 飲んでいる薬は何か。血液検査の結果でどの数値が悪いのか。その数値の変動。

② 地域包括ケアとの連携を把握する。
ケアマネージャーさん、かかりつけのドクター、介護サービス(うちの場合訪問看護)と連絡を密にする。

③ コミュニケーションの仕方
なるべく自立をうながす。
本人に判断が出来る場合、「どうしたい?」か聞いてあげること。











プロフィール

ほめ達!カウンセラー・デラコ

Author:ほめ達!カウンセラー・デラコ
本名:小野寺美和 
1969年生まれ 
東京都目黒区在住
宮城県気仙沼市出身。

「ほめ上手を増やして社会を良くする」を活動理念に、行政・企業・学生・婚活・育児・福祉施設支援として「ほめ方・ほめられ方」講座やワークショップを全国で開催。述べ600名以上(2016年6月末時点)

ほめる達人検定1級・ほめる達人検定認定講師。産業カウンセラー、ワークショップデザイナー


1990年恵泉女学園短期大学英文科を卒業後、バブル崩壊直後に証券会社に入社営業として4年勤務。その後外資系情報通信社に転職しクライアントサポートとして18年在籍。

2011年東日本大震災で実家が被災し、両親が上京。その年の暮れに所属部署が無くなり突然リストラに・・・

被災地の為に何か役に立ちたいと考え、一念発起して退職金を元手にカウンセリングを学びながら、2014年ほめる達人検定一級を取得。2016年ほめる達人検定認定講師として全国で活動。


個別ホメ相談(Skype)、ワークショップ・セミナーの
お問合せ、ご依頼は
happylifelabo@gmail.com までお気軽にご連絡くださいませ。

ホメ相談(E-mail)もお気軽にどうぞ。
<相談内容・回答は匿名でブログで載せさせて
いただきます。>



趣味:テニス、サーフィン、座禅・瞑想、 おつまみの研究

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☆ アイムパーソナルカレッジ:カウンセラーコース修了
☆ 日本産業カウンセラー協会:産業カウンセラー
☆ 一般社団法人日本ほめる達人協会:
ほめ達検定1級・認定講師
☆ メンタルヘルス・マネジメント検定Ⅱ種
☆ 青山学院大学ワークショップデザイン養成講座修了
☆ 青山学院大学ワークショップデザイナープラス修了
☆ 生涯学習開発財団認定:ワークショップデザイナー
☆ 財団法人ウェイクナーズ:「メンター講座」修了
☆ 第五期かさこ塾修了
☆ 港区ご近所イノベーション学校修了・総代

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